食品交換表による食事療法の根幹である,「炭水化物 50-60%」そして「糖尿病患者の食事カロリーは低くてもよい」は,間違いであったことが明らかになりました.
そしてもう一つ
食品交換表の現時点の最新版である第7版では,糖尿病患者の食事療法において,その『設定カロリー』は次の式で定めるとしています.
設定カロリー(kcal) = 標準体重(kg) × 身体活動量
ここで「標準体重」とは,患者の身長とBMI=22から逆算した体重です.BMIは
ですから,たとえば ここに40歳で2型糖尿病のAさん(職業はサラリーマン)がいて,その身長が170cmなら,
63.6kgが標準体重,つまり『そうあるべき体重』となります.
「身体活動量」とはこの標準体重に掛け算する係数で,食品交換表では
とあるので,誰がどう読んでも,事務系サラリーマンはすべて『軽い労作』であり,1日中 ハンバーガーショップでアルバイト勤務すれば『普通の労作』,そして道路工事や建築業は『重い労作』と解釈できるでしょう.実際 全国の病院でもほとんどそう解釈されてきました.
したがってAさんはサラリーマンなので;
- 標準体重は 63.6kg
- 身体活動量は 25~30
よって,Aさんに 病院で出される食事のカロリーは
ということになります.したがって,Aさんの『理想的な摂取カロリー』は 1600~1900kcalということになります.
実際 食品交換表第7版では,献立メニュー例が紹介されていますが(p.22~25),すべて 1600kcalの例だけです.
全国のほぼすべての病院で,よほど体格の小さい人でない限り,男性の糖尿病患者には 判で押したように,この『炭水化物60%,1,600kcal』の『糖尿病食』が今も出されており,それで何の問題もないとされてきました.【糖尿病患者の基礎代謝や消費カロリーは正常人より少ない】と信じられてきたからです.
ところが
前の記事の通り,糖尿病でも正常人でも, 同じような体格・同じような日常生活であれば,(当たり前ですが)消費カロリーは何も変わらなかったのです.
さらに『デスクワーク主体のサラリーマンなら活動度は 25~30』というのも間違っていることがわかりました.サラリーマン程度の動きでも活動量は 平均36.5±5 くらいでした.
つまり食品交換表のカロリー設定は二重に間違えていたのです.
前記のAさんの場合,真の消費カロリー,したがって毎日摂取しなければならない必要カロリーは2700kcalだったのです(日本人の食事摂取基準 2020年版).
病院で出される糖尿病食では 実に800~1100kcalも不足していたのです.しかも 食事の内容は60%が炭水化物です.
さらに
更に 食品交換表による食事療法にはまだ問題があること指摘されました.それは,
蛋白質の摂取量は食事全カロリーの20%以下
と定めている点です.年齢を一切考慮せずに『蛋白質は20%以下』なのです.
ところが年齢が高くなるほど,蛋白質の吸収効率は低下するので,つまり体重が等しい若者と高齢者とが,同じ量の蛋白質を摂取しても,高齢者は筋肉・組織合成に十分な蛋白質=アミノ酸を吸収できないので,筋肉が衰えていくという問題です.
近年,高齢者のサルコペニアが増加していますが,
その原因を作っているのは『食品交換表』だ
と指弾されても仕方がないでしょう.『食品交換表は理想の健康食』を標ぼうしてきましたし,高齢者ほど『食事と健康』にはひときわ関心が高いので 「理想の健康食」を人一倍忠実に実行しようとするからです.
ガイドラインの改訂
これだけのデータを突き付けられたので,昨年5月に仙台で行われた 第62回日本糖尿病学会において,『糖尿病診療ガイドライン2019』(=「ガイドライン2019」)を発行し,そこでは 特に食事療法の章(第3章)を従来から全面改訂すると発表しました.
2019年 仙台の学会記事をもう一度読み返してください.
【Featured Symposium 5】『ガイドラインからみた食事療法の課題と展望』というシンポジウムで,新「ガイドライン2019」の改訂概要を解説しています.見出しのみを再掲すると
- [食事療法を糖尿病患者一律に規定するのはもはや不可能である]
- [食事療法は個別化する]
- [いわゆる標準体重は見直す]
- [従来の設定カロリーは過少すぎた]
であり,つまり これは 従来の食品交換表のすべてを改訂するということです.
事前にアナウンスされたこの学会のプログラムをみる限り,「ガイドライン2019」改訂を正式に発表し,その改訂内容を説明することが最大のテーマとなる予定でした.多数のシンポジウムや講演,そして最終日午後に大ホールで行われた上記の FSは,すべてその目的のために計画されたものだったからです.
発表はドタキャン
ところが,これだけの準備にもかかわらず,この学会の場では,「ガイドライン2019」の正式発表は見送られました.学会の直前になって,なんらかの事情により ガイドライン2019が発表できなくなったようです.
にもかかわらず 『改訂予定内容』は上記講演の通り 淡々と説明されています.
『改訂内容はこうなのだが,改訂版はまだ発行しない』という,いかにも奇妙な学会でした.
結果的には 「ガイドライン2019」は 9月末になって突如発表されたのですが,
なぜ5月の時点で発表できなかったのでしょうか?この背景事情は今も不明です. また5月に発表する予定であった もともとの『糖尿病診療ガイドライン 2019』と,9月に発表された『糖尿病診療ガイドライン 2019』とは,同じものなのか,それともかなり変更があったのかも不明です.
[52]に続く
コメント
食品交換表論者には食品交換表に比べてカーボカウントは難しく、実践が困難だと言う意見があります。
私は、食品交換表を初めて手にした時、こんなのを覚えて単位数を計算するなどと言う事は出来ないと、さっさと諦めました。
カーボカウントはなぜ難しいと言われるのでしょうか(私はそうは思いませんが)。
スマホやパソコンが普通に普及している現代において、糖質量の計算だけで済むカーボカウントの方がよっぽど簡素で簡単だと思います。
しかも、インスリン投与量を決めるためのカウントであれば、なおの事、糖質量をカウントすべきじゃないのでしょうか。
しかし、食品交換表の理屈で行けば、PFC比率とカロリー量を一定にしない限り、血糖値の管理(結局、含有する糖質量の計算)はできないのではないでしょうか。さっさと諦めたのでよく知りませんw
それをバランスの良い食事と称しているだけのように思えます。バランスが良いとは、インスリン投与量を決定するのに都合が良いと言う意味だと強く思います。よく知りませんw
各食品グループから「バランスよく」食べないと同じ単位数(1単位=80kcal)でも糖質量が毎食変わってしまいますから、バランスは「非常に」大事でしょうね。
>発表はドタキャン
以下の問題がささやかれた時期と重なったのではないでしょうか。これがどう盛り込まれるか興味津々でしたが。。。
>サラリーマン程度の動きでも活動量は 平均36.5±5 くらいでした.
食品交換表に基づいて単位数を増やせば当然、糖質の絶対量は増えますから、今までよりも血糖値は上昇します。糖質を抑えれば比率を下げるしかありません。
そうなると「バランス」とはいったい何なんだと言う事になり、「ガイドライン2019」は、結局、なんとなくぼやかした歯切れの悪い形で落ち着いたのではないでしょうか。
>カーボカウントはなぜ難しいと言われるのでしょうか(
これは 『食品交換表』死守派の詐話だと思っております. 実際 今やネットには,食品や料理の『糖質量』がほとんど表示されています. つまり それだけ多くの人の関心が高い証拠でしょう.ということは,日々の食事で実際に糖質量を意識して,つまりカーボカウントを実行している人が多いことを意味します.
『カーボカウントが難しい』のではなくて『カーボカウントは難しいからやってはいけません』と目をそらすことが目的だと思います.
>食品交換表に基づいて単位数を増やせば当然、糖質の絶対量は増えます
病院食で 食品交換表の枠組みは絶対死守しつつ,しかし設定カロリーを増やしたら,全国の病院で『血糖値が悪くなった』と騒ぎになるでしょう.そうならないためには,病院食の炭水化物比率を下げるしかないのです. コスト面で負担の小さい方法は脂質の比率を上げるしかないでしょうが,そうするとますます矛盾が激しくなります. 今後の動きがみものですね.
食品交換表を私は見たことがありませんが、パソコンが使えなかった時代の遺物だと思います。
いまなら、パソコンでダイレクトに栄養計算する方が簡単です。
私は1年前に本格的な糖質・タンパク制限を始めたときから、Eatreat(イートリート)というサイトで食事の栄養成分を計算しています。
https://eat-treat.jp/
食品成分表のデータが内蔵されていて、品目別に目方を入力すればカロリー・栄養成分およびその総合計値が表示されます。
スタート時は、そのとき食べていた食品の栄養成分を調べ、それを元に増減しました。
炭水化物については、ときどき食後血糖値を調べて確認しています。
1ヶ月程度で慣れてきて、栄養計算はたまにするだけになりました。
私はCKDなので、塩分を加えないで調理し、キッチンスケールで塩分調味料を0.1g単位で計って食前に加えています。
この結果は、1日分の蓄尿を調べた得たタンパク質と塩分の摂取推定値とかなり合っていました。
食品交換表は,現職の管理栄養士ですら もう3割くらいの人しか使っていないという報告もあります.
私も日本食品標準成分表の全データを DataBaseソフト(Access)に取り込んで,必要の都度 Queryで呼び出しています.食品交換表よりはよほど正確です.
ですので,食品交換表のデータ参照ハンドブックとしての機能は完全に時代遅れですね.
では,それ以外の機能,つまり毎日 食品交換表の言う『理想的な栄養比率』が実行できるかどうかという点ですが,
『日本人の食事摂取基準(2020 年版)_厚生労働省』(PDF)のp.29,p.30にも述べられている通り,動物実験のケージの中のラットでもない限り,普通に生活している人ならば,カロリー摂取や栄養素比率は日毎に大きく変動しているのです.ましてビタミン類に至っては,2桁以上の変動があります.
食品交換表が描いている世界は 脳内お花畑としか思えません.