では,日本人の痩せ型は?[その2]

こまめに動くのが日本人

古墳時代にまでさかのぼりましたが,なぜこの話をするのかというと,古代からつい最近までの日本人庶民は,簡素な食事だけで,貧相で小さな体格を一日中休みなく動かしていて,ほとんど肥満の人はいませんでした. いたとすれば,肉体労働をしなくていい,ごく一部のお公家さんや貴族階級(藤原道長など)ぐらい.ただ 武士階級だけは職業柄 いつも体を鍛えていたでしょうが.

江戸時代に松阪商人の小津久足(*)は,歌人であり,商家の大旦那でもあった人ですが,松阪(現在の三重県松阪市)を3月8日に発ち,わずか2日後に京 三条に到着し,3月25日まで花見や大阪での芝居見物などした後,3月27日に松阪に帰りましたが,その時の道中の記録(『花鳥日記』)から,ほぼすべて徒歩で移動したことがわかっています.当時の人は一日中歩くことなど当たり前だったのです.

(*) 小津久足=おづひさたり. この人の遠縁の子孫には,映画監督の小津安二郎氏,元検事総長 小津博司氏などがいます.

また もっと最近でも,戦前に 三菱合名会社の本社(東京:丸の内)に勤務していた会社員は,自宅から最寄りの省線(現 JR山手線)の駅まで歩き,勤務中も頻繁に丸ビルのフロア間の階段を上り下りしていたようで,一日3万歩ほど歩いていたと記録にありまです.当時の三菱本社社員といえば,エリート中のエリートであり,ホワイトカラーですが,それでもこれくらい体を動かしていたのです.

昔の丸の内

まして 一般庶民ともなれば,天秤で野菜をかついで行商したり,大きなものを荷車で引いたりと,もっと運動量は多かったでしょう.

箒売り
横浜開港記念館 所蔵

したがって,肥満の起源 に書いたように,飢餓に備えて皮下脂肪を蓄える肥満の遺伝子は全人類が共通して持っているのだとしても,ライフスタイルによっては,むしろ痩せ型が多数派になることは私たち日本人が証明済みです.

[その3]に続く

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