糖尿病遺伝子研究 お役立ち情報

highbloodglucoseさんのブログ『高血糖な日々』 で,日本人の2型糖尿病と遺伝子との関連について最新情報の解説シリーズが始まっています.

日本人集団の2型糖尿病に関わる新たな遺伝子領域

日本人集団の2型糖尿病に関わる新たな遺伝子領域 その前に1

日本人集団の2型糖尿病に関わる新たな遺伝子領域 その前に2

日本人集団の2型糖尿病に関わる新たな遺伝子領域 その前に3

日本人集団の2型糖尿病に関わる新たな遺伝子領域 その前に4

シリーズは現在も続いていて,毎回 楽しみにしています.
私にはとてもこのレベルの解説は無理ですので,せめて遺伝子解析研究に登場する用語や概念をできる範囲内で説明いたします.

受信者操作特性(ROC)という医学用語があります

受信者操作特性(ROC)とは,医学用語らしくない変な言葉ですが,Receiver Operating Characteristic の訳ですから間違いではありません.

時は第二次世界大戦に遡ります. 当時英国とドイツは英仏海峡を挟んで戦っていましたが,戦争初期にはドイツ空軍の爆撃機が,英国側に見つからないように,夜間にロンドン上空に爆撃機を飛ばしていました. そこで英国はこの爆撃機が闇にまぎれて近づいてきても早期発見できるように,レーダーを開発しました.

電波をすべての方向に飛ばして,もし特定方向から強い反射波が返ってくれば,その方向から敵機が進入中と分かる仕掛けです.ところが,当時のレーダー技術はまだまだ原始的で,雑音がひどいものでした.

たしかに爆撃機からの反射波は検出できているのですが,雑音も多くてよくわかりません. そこで受信機の感度を下げて(感度A),強い電波だけを拾おうとすると,何も検出できません. 逆に感度を上げすぎると(感度C),あらゆる雑音も検出されて,これではロンドンが全方向から包囲されていることになります. ちょうどいい感度(感度B)を設定すると,目的とする爆撃機の反射波だけを検出できる (ただし,それでも1つだけ誤検出していますが) ことになります. これをグラフにしたものが下の図です.

縦軸の『感度 』 をあまり高くすると,雑音でも何でも拾ってしまう(横軸の『100%-特異度 』 は右にいくほど特異度が小さくなる,つまり目的のものと雑音の区別がつかない) . しかし感度を下げすぎると 何もみつからない. ちょうどいい感度Bだと,雑音と目的信号の区別がつくことを表した図です.

だから ROCとは [レーダー反射波の]受信感度曲線なのです.

現在では医学用語になったわけ

しかし,レーダーが進歩した現在では,この用語を通信分野で使うことはなくなりました. むしろ現在では本来の用途ではない医学分野でよく登場します. 例えば 癌のマーカーです. 前立腺がんがあるかどうかを調べるために,尿中のPSA(前立腺特異抗原)というたんぱく質の濃度を測定する検査がありますが,このPSAがある値以上なら,前立腺がんの可能性あり(陽性),低ければ可能性なし(陰性)と判定します.

もしこのPSA検査が,『PSAが基準値をごくわずかでも越えていれば間違いなく癌がある』,『基準値を少しでも下回れば癌は絶対に存在しない』という理想的な検査法だったら,ROC曲線はこうなります.

つまり 赤の矢印の通り,この曲線がグラフの対角線から離れているほど,鋭敏で誤検出の少ない検査法だというわけです.これは癌マーカーに限らず,多くの医学検査の精度判定に使われています. ですが,実際の現行PSAマーカーによる検査のROC曲線はこの程度です.

ご覧の通り,PSAが高くても前立腺がんではない(偽陽性),逆に前立腺がんがあるのにPSAが低い(偽陰性)ケースが多く,あまりこの検査に頼るべきではないと言われています.

糖尿病にかかわる遺伝子

私が6年くらい前に糖尿病学会の講演を聴講した段階では,その時点で知られていた『糖尿病に関する遺伝子』をすべて(100個近い)持っている人であっても,そのROC曲線は;

というものでした. つまり,特定遺伝子を持っているというだけでは,糖尿病発症はまったく予測できないというものでした.
ところが,highbloodglucoseさんが紹介されているように 最近になって新しい発見が出ており,この論文の解説をされているわけです.

コメント

  1. highbloodglucose より:

    論文の解説ができればいいのですが、残念ながら感想文のレベルだということをお断りしておきます(滝汗)

    わたしの「その4」で書いたrare variantの説が出されたのは2009年のNature誌ですので、すでに10年ほど経っています。
    そして、どうやらrare variantを探索しても、想定していたような高いオッズ比を示すものはなかなか見つからないことが判明してきたようです。
    6年前の糖尿病学会の講演では、すでにrare variant説も踏まえた上での話だったかもしれませんね。

    • しらねのぞるば より:

      >6年前の糖尿病学会の講演では、すでにrare variant説も踏まえた上での話

      当時rare variantが既に発表されていたとは知りませんでした.
      またその時の学界講演では クラシックなKCNQ1などの話が主体だったように思います. もっとも 講演でrare variantを紹介していたとしても,当時の私には(今もか)理解できなかったと思いますが.