前回記事で,免疫グロブリンGとは どんなものなのか調べてみました. 免疫グロブリンG(= IgG)は,血液中に存在する免疫戦士の主役のようなものです,実際,IgGは『免疫グロブリン剤』として 薬にもなっており,重度感染症の治療薬です.なので,単に免疫グロブリンといえば このGタイプ=IgGを指すことも多いようです.
免疫グロブリンA IgA
しかし,免疫グロブリンは IgGだけではありません. 下記のように5種類の免疫グロブリン ファミリーが存在しており,いずれも IgGと同様に異物・感染性病原体と戦います.

免疫グロブリンA(=IgA)は,IgGと異なり,主として粘膜に存在し,病原体が体内に侵入する前に撃退してしまう,すなわち免疫最前線で戦います.風邪,インフルエンザなど呼吸器の粘膜から感染する病気には,真っ先に活動する免疫戦士ですね.
上表で,IgAとIgMとは,J鎖と呼ばれるたんぱく質の『紐』で,それぞれ二量体,五量体としても存在します. なおJ鎖のJは Joining[結合]と そのまんまの意味です.
IgAは 長らく正確な構造がはっきりしなかったのですが,最近の極低温 電子顕微鏡(Cryo-Electron Microscope)の解像度向上で だんだんわかるようになってきました.単量体のIgAは,こういう構造をしています.

Y字型の幹にあたるFc部には,IgGと同様に糖鎖のN-グリカン(紫色)が付いています. しかし IgAでは(厳密には IgA1とIgA2の2種類の内,IgA1だけが) それ以外にもヒンジ(蝶番)部にO-グリカン(オレンジと赤)という糖鎖が付いています.これも N-グリカンと同様に,IgA分子の高次構造を安定化させる役目のようです.なお,図の下部の VPS・・ は,ヒンジ部を構成しているアミノ酸の配列ですが,*が付いているのは,O-グリカンが接続するセリン(S)又は スレオニン(T)です.
IgA腎症とは
IgA腎症とは,本来人体を守るはずの免疫抗体である IgAが原因となって引き起こす腎症です.IgA腎症は発症機構が不明の自己免疫疾患なので,その点では1型糖尿病と似ており,根治療法は存在しないとされてきました.そのため厚労省から指定難病(No.66)に指定されています.
IgA腎症がなぜ発症するのか,その最初の引き金は(やはり1型糖尿病と同様に)不明なのですが,発症してから腎症に至るメカニズムにも 多くの謎がありました.
発見当初の仮説では,上記 IgAのヒンジ部に付着する糖鎖O-グリカン(上図 オレンジと赤)の組成が何らかの原因で ガラクトースが欠損した異常構造となっていることが原因と考えられていました.
通常 IgAのヒンジ部に付く 上記O-グリカン糖鎖には,ガラクトースを含むのですが,IgA腎症の人から検出した異常IgAには,このガラクトース単位が ごっそりと抜け落ちている箇所があったのです.

ところがこれだけでIgA腎症を説明するには無理がありました.なぜなら,IgA腎症の人でも 血液中の異常構造IgA濃度が低い人もいれば,逆に血液中の異常構造IgA濃度が高い人でも腎炎が起こっていないケースもあったからです(Gharavi 2008). 特に,後者のケースでは,異常構造IgAだけが原因といえなくなります.つまり,異常構造のIgAの存在は,それ単独では IgA腎症を引き起こせないということになります.
マルチヒット仮説
『マルチヒット』とは,『連打』です.つまり野球の『ヒット連打』と まったく同じ意味です.
野球では,ホームランが出れば 一発で点が入りますが,安打が1発出ただけでは点は入りません.また複数の安打が出ても,それが連続していなければ,点は入りません.一つの試合で,3回,5回,7回に,それぞれ安打がパラパラと出たとしても,点は入りませんからね.
ほとんどの疾病が 単独の原因・単独の経路で発症するのに対して(つまり ホームラン型),IgA腎症は 1つの原因・現象だけで発症するのではなくて,複数の原因・現象が同時に重なった時に(つまり複数の安打が連続した時に)発症するのではないかというのが『マルチヒット仮説』です.

そこで 上の文献では,IgA腎症のマルチヒット仮説を このように説明しています.

[Hit 1]
上記 IgAのヒンジ部に付着する糖鎖O-グリカンの組成が何らかの原因で(この機構は不明) ガラクトースが欠損した異常構造(ガラクトース欠損 IgA: Galactose-deficient IgA;以降 GdIgA)となる.となる.
この記事で述べたように Toll様受容体は;

自然免疫系で 外来異物の侵入を監視する役ですが,GdIgAを検出すると,自然免疫を活性化すると同時に,『自然免疫では手に負えない事態が発生した. 獲得免疫系も出動開始せよ』という緊急信号も発するようです. すると,これを受けて 獲得免疫系であるIgAが ますます産生される. つまり GdIgAが かえって増えてしまう.
[Hit 2]
獲得免疫系の主役である IgGが,異物とみなされた GdIgAを捕捉して IgA抗体を作る.
[Hit 3]
IgA抗体の大量生産が始まり,さらに捕体などが次々とIgA抗体に付着して,巨大な免疫複合体となる.
[Hit 4]
大量の免疫複合体が,腎臓のメサンギウム領域(★)に沈着し,腎症障害を引き起こす.
(★)メサンギウム領域:腎臓の糸球体内に存在し,複雑な糸球体の毛細血管構造を支える組織.
Hit1からHit4までのすべての条件が揃うことによりIgA腎症が発症するというわけです.
Toll様受容体は,本来 自然免疫を活性化させるのが役目ですが,GdIgA を外来物と認識したために,すべての免疫システムが自分自身を攻撃してしまうことになるわけです.したがって これは 1型糖尿病と同様に,自己免疫疾患の一種ということになります.
しかし 逆に言えば,この経路の どれか一つだけでも抑制できれば,IgA腎症は発生しない,あるいは治療できる可能性があるということになります.
[続く]


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