2型糖尿病という病気はない
2018年にスウェーデンの E. Ahlqvist博士が 発表した論文は,世界の医学界に大きな衝撃を与えました.

2型糖尿病という「単一の」病気は存在せず,現在2型糖尿病と呼ばれているものは,実はまったくタイプが異なる4つの糖尿病を十把一絡げにそう呼んでいるだけだと主張したのです.
Ahlqvist博士の説の概要は,これらの記事にもまとめました.
これが単なる分類法の話であれば,話題にはならなかったでしょう. しかし,Ahlqvist説のもっとも重要なポイントは
2型糖尿病だからといって,漫然と同じような治療を行っていると,あるタイプの糖尿病については とりかえしのつかないことになる
と警告したのです. ここで その『あるタイプ』とは,下記のAhlqvist分類で;

【SIRD:インスリン抵抗性 重度糖尿病: Severe Insulin-Resistant Diabetes】のことです.
危険なSIRD
SIRDは,一見すると肥満が原因の軽い糖尿病に見えます. 肥満だけれど,HbA1cや空腹時血糖値は それほど深刻ではないので,減量に努めていれば 深刻な合併症のおそれは少ないと見えるからです.患者自身だけでなく,主治医も楽観しています. ところが さほどHbA1cが悪化したわけではないのに,ある時から急に腎機能が低下し,あれあれよという間に 人工透析に至ってしまうのです.
しかも このSIRDには不思議な特徴があります.
[1]遺伝的特徴
この記事で紹介したように
2型糖尿病患者の遺伝子を全解析(GWAS)すると,TC7FL2という遺伝子を持っている人が相対的に多くみられます.TC7FL2遺伝子を持っていれば 必ず糖尿病を発症するというわけではありませんが,糖尿病の人には特徴的にみられます. ところが この結果の通り;

多数のSIRDの人を調べても,TC7FL2遺伝子はまったくみあたらないのです.
[2]高度のインスリン抵抗性
そして SIRDの人のもう一つの特徴は,インスリン抵抗性が並外れて高いのです. もちろんインスリン抵抗性は,肥満型糖尿病の人の特徴なのですが,非常に高いインスリン抵抗性とは,インスリン分泌能も高いことを意味します. つまりSIRDの人の膵臓は きわめて丈夫なのです.
[3]高血圧
さらに SIRDの特徴は,高血圧の有病率が高いことです.
この文献では,糖尿病と診断された時点で,SIRDの人の70%は高血圧でした.

======= 以下はぞるばの私見です ==========
以上のSIRDの特徴から,私は SIRDは通常の糖尿病ではないと考えています. たしかに血糖値が高いという『糖尿病様症状』を呈するのですが,実はこの記事でも書いたように;
内臓脂肪肥満
↓
腎洞脂肪による腎障害
↓
レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系活性化
↓
高血圧,インスリン抵抗性悪化
↓
糖尿病様症状
という順番ではないか,すなわち糖尿病は原因ではなく 結果なのだと. これなら糖尿病に関連する遺伝子をまったくもっていないのも説明できます.しかも,それほどHbA1cは悪くないのに,なぜ突然腎機能が悪化して透析になってしまうのかも説明できます.原因は 膵臓にではなく,腎臓にあったのです.
======= 以上 ぞるば私見 ==========
日本人のSIRD
では,この危険な SIRDは日本の糖尿病患者にもみられるのでしょうか? それに対する答えが 欧州糖尿病学会のDiabetologiaに投稿されました.

この文献では.日本人の糖尿病患者データベース JDREAMS に登録された 糖尿病患者 12,093人のデータをAhlqvist分類により解析した結果が報告されています.その概要は以下の通りで;

左は 2018年に Ahlqvist博士が報告したスウェーデンの糖尿病患者 8,980人の結果です. 真ん中は,2020年に報告された日本人の結果[PDF]です. 両者は かなり分布が異なるので,『やはりスウェーデン人と日本人とは 民族による差があるのかな』と思っていたのですが,これは 単一の医療施設での少人数(=1,255人)のデータであったため,偶然の偏りと考えられます. なぜなら今回(右)の,多施設で 十分大人数(12,093人)のデータでは,Ahlqvist博士の報告とほぼ同様の分布になっているからです.
この日本人のデータで,それぞれのAhlqvist分類に属する人の特徴を見ると;

赤枠で囲んだように,SIRDの人の インスリン分泌能(HOMA2-β)と,インスリン抵抗性(HOMA2-IR)は,とびぬけて高いのです. 逆に言えば この人たちは 非常に強靭な膵臓の持ち主ということになります. したがってHbA1cも相対的には低く抑え込めています. しかし,この状態で『糖尿病としてはまだ軽症だから』と油断していると;

SIRDの人は,慢性腎臓病 ステージ5,すなわち透析が必要になるまでの期間が 一番短いのです.Ahlqvist博士の警告通りです.
SIRDは『普通の糖尿病』ではありません. まだ初期の内に SIRDに特化した治療を始めなければいけないのです.





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