【この記事は 第57回 『糖尿病学の進歩』を聴講した しらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞きまちがい/見まちがいによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】
2月に東京国際フォーラムで開催された,日本糖尿病学会主催の講演会『第57回糖尿病学の進歩』では,食事療法に関する講演も行われました.
ただし,1月に京都で開催された第26回日本病態栄養学会でも食事療法の個別化に関するシンポジウムが行われたばかりですから 内容的には重複するところも多く,さすがに目新しい情報は少なかったです.
シンポジウムでは,下記6本の講演が行われました.
4SY-3-1
摂食調節機構とその破綻
宮崎大学 中里 雅光
4SY-3-2
栄養疫学研究からみた糖尿病の食事療法における課題
東京大学 佐々木 敏
4SY-3-3
実臨床からみた糖尿病の食事療法における課題
東京大学 窪田 直人
4SY-3-4
リアルワールドのエネルギー必要量
慶應義塾大学 勝川 史憲
4SY-3-5
高齢者への食事療法の最適化
名古屋大学 梅垣 宏行
4SY-3-6
食品交換表の位置づけと個別化に向けての取り組み
東京大学 関根 里恵
いずれもおなじみの顔ぶれです.講演内容もほぼこれまでに聞いたことが多かったのですが,少し観点を変えた話し方もあり 面白いものでした.以下 興味を惹かれた講演のみピックアップします.
4SY-3-2 栄養疫学研究からみた糖尿病の食事療法における課題
データ栄養学の権威,東大 佐々木先生の講演です.佐々木先生は毎度 辛口ですので(しかも 辛さが 年々増しています)いつも楽しめます.
今回の講演の大半はこれまで病態栄養学会や糖尿病学会で聞いた話でしたが,
異なる食事療法を指示したのに,どの群も2年後には ほとんど同じになってしまった
作っただけの『食事療法ガイドライン』では意味がない
しかし 講演の最後のスライドが激辛で締めくくられていたのです.
『今後必要になる 時代に即した人材』と題して;
- 食事療法を研究する医師
- 科学がわかる菅理栄養士
- メカニズムよりも患者行動に精通した研究者
つまり裏を返せば 『現在はこういう人材は存在していないけどね』という意味です.これを満座の医師・管理栄養士の前で言ってのけるわけですから,シビれます.
座長の矢部先生も 『大変 provocativeな(=挑発的な)お話でした』と一言返すのが精いっぱい.
そしてこの辛口講演もさることながら,講演後の質疑応答がさらに面白いものでした.
Q: 日本人でも若い人の食事を見ていると,今や 炭水化物比率は40%くらいになっていると感じる.
A: 今や 世界的にも Obesity Paradox,つまり太っている人よりも,痩せすぎている人の方が死亡率が高いことが問題になっている.日本糖尿病学会も いつまでもカロリーだけにこだわっていないで,栄養素全体を重視する食事療法に一刻も早くシフトしなければならない
Q: 欧米の食事療法の論文は豊富で 日本人の食事療法の論文が少なすぎると言うが,日本食が多様だからと言うところにも原因があるのではないか.
A: ブラジルでまったく同じことを言ったら,ブラジルの研究者から馬鹿にされた.『ブラジルには世界中から移民が来ていて,世界の食事がすべてある.それでも私たちは研究している. 日本でできないわけがない』と.したがって,日本から栄養学のまともな論文が出ないのは,日本食に原因があるのではない.日本には食事療法にまともに取り組む医師が,いや その前に,日本の大学に栄養学研究室を設置しているところがほとんどない. これが原因だろう.
最後の質問は藪蛇でしたね.いつまでたっても『日本食は特別な存在なのだ』という考えから離れられないようです.
4SY-3-6 食品交換表の位置づけと個別化に向けての取り組み
内容は 京都の病態栄養学会で聞いた話とほぼ同じものでした.
現行 第7版 食品交換表の問題点
現行 第7版 食品交換表の問題点
食事療法の迷走[10]食品交換表 第5版で基礎食はどうなった?
2019年に『糖尿病診療ガイドライン 2019』が発行されて以来,ここまでの流れを見ると,やはり 第5版以前の食品交換表の考え方に立ち帰ろうとしている,つまり;
- 人体に最低限必要な栄養素は基礎食として全員が守る
- それ以上は,所要カロリーの範囲内で 個人の食嗜好も加味した自由食とする
- そのうえで,明らかに(ビタミン・ミネラルも含めた)栄養素のアンバランスがあれば,そこだけを個別にアドバイスする
という方向を打ち出そうとしているのではないかと思っています.
しかしながら,相変わらず『個別化』には猛反対している人が学会内にも根強くいるのでしょう. まだまだ紛糾するのかなと思っています.
[続く]
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