11β-HSD1阻害薬[5] 新薬開発競争

ここまでの復習

コルチゾールとは副腎皮質から分泌されるホルモンの一つです.
全身の糖・脂質・蛋白質の代謝を制御する重要な役割を担っています. また 人体に感染や外傷などで炎症が発生すると,総力をあげて炎症を鎮めます. さらに肉体的だけでなく,精神的なストレスでも分泌が増えて対応します.

このように 人体にとっては 頼りがいのある重要なホルモンなのですが,反面 過剰に分泌されると下図のように

Ge 2010 Fig.1を翻訳

高血圧・インスリン抵抗性による糖尿病・脂質異常症・肥満などの原因となります. つまりメタボ症候群を引き起こすと言われています.

コルチゾールが作られる場所は副腎皮質ですが,実際には脳からの指令(HPA軸)を受けて作られています.

また 新たに作られるだけでなく,既に作られたコルチゾールを不活性型のコルチソンとして保存しておいて,必要に応じて活性型のコルチゾールに変換する経路もあります.
そこで,この不活性のコルチゾンから活性型コルチゾールへの変換を媒介する 11β-HSD 1酵素(上図の11β-HSD1)を阻害してやれば,数々のメタボ症状を根本から断てる可能性があります.

したがって2000年頃から多くの製薬会社が競ってこの薬の開発に取り組みました.単に新規の糖尿病薬というだけでなく,肥満・高血圧など すべてのメタボ症候群の万能薬になる有望鉱脈とみなされていたからです.

探索された化合物のごく一部だけを見てもこの通りです. 実際にはもっと多い200種近い化合物が提案されています.

Ge 2010

INCB13739

多くの新薬候補の中でも,とりわけ有力なのが Incyte社が開発したINCB13739です.

INCB13739の化学構造は 当初は非公開でしたが,現在では この化合物であると紹介されています.

キンチョールでおなじみの殺虫成分ピレスロイドと同じ 炭素原子3個からなる環状構造を分子内に有しています.隣にケト基(C=O)もあるので,相当反応性の高い化合物と推定されます.よくこんなものが作れたな,というのが化学屋の実感です.

このINCB13739を糖尿病患者に投与した試験結果が報告されています.

Rosenstock 2010

[続く]

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