ケトン体は『飢餓時だけに生成される非常エネルギー』なのか[14]

なぜケトン食がてんかんに効くのか

てんかん発症機構は,脳腫瘍・外傷など原因が明らかなものを除いては不明です.

ただ何らかの原因で大脳神経細胞(ニューロン)間の異常な信号のやりとりが継続してしまい,これはパソコンで言えばCPUが暴走してハングアップしたような状態であり,激しい痙攣・ひきつけを引き起こします.
最近の研究では,脳神経細胞のイオンチャネル(細胞膜のイオンの出入り口;)に何らかの変性・障害があって,細胞膜の異常な脱分極(=細胞膜の内外の電圧差が変化)を発生させるのではないかと言われています.

てんかんとイオンチャネル – 日本神経学会[PDF]

Altrupの細胞膜汚染説

しかし,この細胞膜の異常な脱分極を説明する有力な説が,Altrupの細胞膜汚染説です.
Altrupはリンゴマイマイというカタツムリ[★]の1種の神経細胞を用いて,こういう実験を行いました.

[★]カタツムリのような軟体動物では,神経細胞が大きく かつ単純な構造なので,よく実験に用いられます.

  1. PTZETO[注]をカタツムリに投与すると痙攣が発生する.これらの化合物は 環状構造で分子サイズが大きく,しかも 分子の半分が親油性で,残り半分は親水性という極端に性質の異なる構造を持っている.
  2. 神経細胞に到達すると,PTZETOは,まず分子の半分の親水性を利用して,細胞膜に吸着し,
  3. 次いで 分子の親油性部分は細胞膜(=脂質二重層)の脂質に親和性が高いので,細胞膜内にめり込むように侵入していく.

[注] 『PTZETO』どちらも 哺乳類 及び軟体動物にけいれんを誘発することが知られている化合物.

この状態は,ちょうどやわらかい羊羹に鉄のクサビを打ち込んだようなもので,細胞膜は固くて大きいPTZ又はETO分子に圧迫されてしまいます. 実際に細胞膜のモデルでは細胞膜圧の上昇が実測されています.

この時 同時にてんかんの発作時と非常によく似た脱分極信号が観測されました[下図].なお,通常の脱分極とは反対にこの時 細胞膜の電気抵抗は増大していました.

つまり,人間のてんかん発作においても,何らかの大きくて硬い物質が神経細胞膜に貫入して,細胞膜を圧迫,そのため細胞膜上のイオンチャネルが圧迫されて正常な作動ができなくなり脱分極させるのではないかという説です.

ケトン食が効くのは

この記事で;

ケトン体は有機化合物なのに 水にも油にもよく溶けるのです

と書いたケトン体の性質を思い出してください. この記事に書いたようにケトン体は,水にも油にも良く溶けます. この点では,上述のAltrupの実験で使われた PTZETOに似た特性です. しかしケトン体はPTZETOよりは はるかに小さい分子です.

顔に塗った油性の化粧品は,石鹸でいくらこすっても落ちないけれど,同じく 油性のクレンジングクリームなら簡単に落とせます. これと同様に,ケトン体は親油性/親水性を合わせ持った小さい分子なので,細胞膜の汚染物質をクレンジングしているのだと考えられます.

残念なことに,上記のAltrupの説は 現在ほとんど無視されていますが,ケトン食でてんかん発作を抑制できることを説明できるのは,この説だけなのです.

[15]に続く

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