『糖尿病治療ガイド 2020-2021』とほぼ同じころに 日本糖尿病学会は『糖尿病治療の手びき 2020 改訂第58版』(以下 『手びき2020』)という冊子も発行しています.
患者向けです
『手びき2020』は 医師を対象としたものではなくて,患者およびその家族向けの解説書です.改訂第58版とあるように長い歴史があります.初版は1961年発行ですから,食品交換表より前からあるのです.ただ内容を見ると,患者向けということから,引用文献などは一切記載されていません.私は,10年ほど前に,まだ学会推奨のカロリー制限食を信じていた時に一度 買ったことはあります(当時は 第54版). しかし,律儀に炭水化物60%/1600kcalのカロリー制限食と,毎日運動したにもかかわらず,糖尿病が悪化するばかりで,予備軍から正規軍に昇格しそうになったため,古本として『チリ紙交換』(古いっ)に出して捨ててしまいました.この『手びき2020』を購入したのはそれ以来です.
書評に『GL-2019に合わせて改訂した』とあったからです.
認めているのはそこだけですか
『糖尿病治療ガイド 2020-2021』と同様に,カロリー設定は;
- BMI=22だけを『標準体重』とするのではなく,高齢者では BMI=22~25を『目標体重』とする
- 『座位中心だが,通勤・家事・軽い運動を含む』,すなわちサラリーマンや家庭の主婦は,『軽い労作』ではなく,『普通の労作』とする
としています. しかし『治療ガイド』に記載されていた『炭水化物 40~60%』という箇所はありません.
こちらでは,炭水化物比率ははっきりと50~60%と明記し,かつ『糖質制限食は行ってはならない』と書いています.
つまり この点に関しては『治療ガイド』とまるで異なります.
二枚舌?
医師向けの『治療ガイド』には,『炭水化物比率=40%の食事療法を行う場合には』つまり『食品交換表を使わない場合には』と書きながら,患者向けのパンフレットには『炭水化物比率は絶対に50~60%%』『食品交換表だけを見よ』と書いています.
完全に二枚舌ですね. しかし『医師脳』からすれば,これは特に違和感はないのでしょう.
- 患者は無知なのだから,よけいなことは考えなくていい.
- 【糖質40%を適用すべき症例かどうか】を判断するのは医師であって患者ではない
という思考です.
患者の方から糖質制限食を希望するルートを封じておきたいのでしょうか.
なお,カーボカウントは,第6章の『1型糖尿病はどのように治療するのか?』に記載されています.普通に読めば,カーボカウントは2型糖尿病の治療とは関係ないと思う人がほとんどでしょう.
この『治療の手びき』は,やはり『チリ紙交換』に出します.これで2回目です.
[57]に続く
コメント
>糖質制限食を希望するルートを封じておきたい
それは無理です。
私は初診時に既にスーパー糖質制限食でしたからw
現在は、ネットや書籍で情報をかき集めれば、素人でもそれなりに判断材料はそろいます。
できないのは検査ですから、そのための受診と言う事になります。
今後は、私のような患者も増えてくるでしょうから、それを逐一、医師が「だめだ、だめだ」と駆逐していく事はなくなり、糖尿病治療は「雲の上からのお告げ」に従う事には無理が生じ、医療現場の実態から糖質制限へと向かうでしょうし、治療の多様性が重視されていくでしょう。
少なくとも私のような変人は駆逐されずに生き残っていますし、反対派の医師を駆逐すべく検査のたびに結果を出せていますからw
もしも自分が医師だったら,と仮定してみると,たしかに頭が痛くなるようなことは多いと思います.
何度説明されても『トーニョービョー? 何それ?』という患者,
『好きなものを腹いっぱい食べられないくらいなら糖尿病で死んだほうがマシだ』という患者,
『糖尿病は玉ねぎの皮で治ることが分かったので,もう病院には来ません』という患者,
かと思えば,私のように 何かといえば論文のコピーを持参して
『この論文にはこう書いてありますけど?』という 小うるさい患者
これが年中 続くのですから,日々のストレスは相当なものでしょう.
学会に参加している医師が実にリラックスしていた表情なのは 何となくわかります.
したがって,全員とは言わずとも 90%くらいの患者は ガイドライン通りの治療で済ませたいのでしょう.
そして エネルギーの大半は,明日にも失明か壊疽かというような深刻な状態の患者に費やしたいというのが医師の本音でしょうね.
その段階ならもはや食事療法の良否どころではないでしょうから.
しらねのぞるばさんが、理屈の通用しない宗教団体のような日本糖尿病学会を長年トレースしてきた目的はなんですか。
変なことを言う集団の主張の問題点を指摘して楽しんでいるように見えます。
単純に理由を知りたいだけです。
記事は面白く読ませてもらっています。
私の糖尿病履歴は『これまでの経緯』に書いた通りです.現在のシリーズは日本糖尿病学会の食事療法についてですが,これは糖尿病それ自体を考える上での一つのテーマとしてとりあげただけです. むしろ興味の中心は 糖尿病の病理・病態をもっと詳しく知りたいというところにあります.
で,日本糖尿病学会の食事療法の推移をまとめようと思った動機は3つあります.
第一の理由は,糖質制限食に賛成/反対 どちらであれ,正しい根拠を持って議論すべきだという考えです.
糖質制限食に対する批判において,『日本糖尿病学会は糖質制限食が危険だと言っている』などという粗雑な表現が使われることがしばしばあります. しかし そういうひとに限って,学会の『正しい食事療法』が,いつどのようにして,何を根拠に作られてきたのかすら調べずに発言しているようです. したがって 学会の勧める食事療法も時代と共に揺れ動いてきたということすら知らないでしょう.
さらに 1930年代のHimsworthの論文を引用して,糖質制限食を批判している人もいますが,その人たちの多くは,Himsworthの Insulin Sensitive/Insensitive を現代のインスリン感受性/抵抗性と同義だと勘違いしている人も多いです.
議論は 正確かつ論理的に行わないと,単なる罵倒合戦になってしまいますから,それは馬鹿らしいだけです.
第二の理由は,日本糖尿病学会が,実質上 日本の糖尿病医療を決定しているからです.
日本糖尿病学会は(他の学会も),一般社団法人であり,法的には何の権限も持っておりません.しかし実際には厚労省の審議会などに代表を出せるのは医薬系学会・製薬業界・大学研究機関だけです. 審議会の答申案は ほとんどそのまま法律や保健医療制度に反映されていきます. したがって,学会の方針・ガイドラインは,最終的には法律・制度,そして実際の病院で医療を担当する 医師・薬剤師・看護師・管理栄養士を束縛します. つまり学会が変わらないと,何も変わらないと言えます.これが学会の動きをトレースする理由の一つです.
第三の理由は,純粋に組織論からの個人的興味です.
私も いわゆる大企業に長く勤めましたので,『組織の病理』はよく見かけました. ひとりひとりは良かれと思って真剣に考え実行したことが,総体としてみれば とんでもない方向に向かってしまう,いわゆる『合成の誤謬』の実例が,日本糖尿病学会の食事療法の歴史によく表れていると思えたからです. ただしよく言われる陰謀論(=『学会は食糧業界や製薬業界,そして自らの利権のために患者をないがしろにしている』)が本当かどうかは,私は関知しません.確かめようもないし,対策もないからです. むしろ学会に出席して,そこで行われている議論を見ていると,私からみておかしいと思うことを強力に主張する方であっても,ご本人は それが糖尿病治療に本当に有効だと信じているのだろうな,とは感じます. ただし その主張のよってたつ根拠の選択を間違えているとは思います. これは技術屋としての信念ですが,『不合理なことは,その不合理性ゆえに 最終的には合理的に正されていく』と信じております.
以上3つが理由です.
> 糖尿病の病理・病態をもっと詳しく知りたい。
糖尿病の原因に関する情報が少ないので、これを特に知りたいと思っています。
例えば、日本脂質日本栄養学会の出版物にはいくつかの原因説が述べられています。
・植物油を摂りすぎて糖尿病発生率が全国平均の2倍になった久山町研究
・ビタミンK2不足によるオステオカルシン・リンクの異常
などです。
タネ切れになったときにでも、原因情報を取り上げてもらえれば有難いです。
脂質については,糖質以上に諸説が乱立していて,なかなかまとめきれずにいます. 原因の一つに 脂質の摂取状況を正確に把握するのは非常に困難ということがあるのでしょう.そもそも自己申告方式の食事調査データがあてになりませんし,糖質や蛋白質と異なり,自分がどの種類の脂質をどれくらい食べているのかとなると,プロの管理栄養士でもよく把握できないそうです.