糖尿病医療学[6完]

昔の『お医者様』

昔は お医者様だけが,医学知識・検査スキル・検査機器,そして診療・治療経験を独占的に保有していました.医療に関するすべては医師の独占であり,だからこそ現在でも高齢の方は『病気のことは医者に任せるしかない』『医者の言うことだけを聞いていればいい』『素人にわかるはずがない』という考えが強いです.

しかしながら,現代は もうそういう時代ではありません.

何よりも情報が多くなった

その時代には,患者が医師や病院とは関係なく自宅で血糖値を測定できる,それも最近のリブレのように24時間の血糖値変化を記録できるなどとは,SF未来小説でのお話でした. 測定器の進歩は血糖値測定器だけではありません.

血圧計はもちろん

(C) オムロン

心電図だって

(C) オムロン

血液中の酸素濃度を測定するパルスオキシメーターも

(C) Dretec

携帯用 超音波エコー診断機だって

(C) 日本シグマックス

ごく普通に売られており,誰でもネットで買えます. 実際 私は 最後の超音波エコーを除き,上記の機器を実際に買って使っています.気が向いたら自分で『検査』するのです. ポケットに入る超音波エコーも もう少し安くなって10万を切れば買うかもしれません. 『そんなものまで持っているのですか?』と医師には言われますが,「趣味です」と答えています.なに,病院通いするようになったら,その費用と時間のことを思えば,これらの機器は安いものです. しかも年々 高性能で安いものが登場します.心電図の読み方などはずいぶん勉強になりました.

X線,する?

さらには訪問診療用のポ-タブルX線撮影装置まであります. お金と資格(診療放射線技師)さえあれば,ご自宅のリビングルームで家族団らんの一環としてレントゲンをとることすら可能です.

(C) 富士フィルム

こんな時代になったのに,大昔の『お医者様と患者』の感覚を,そのまま現代にまで持ち込んでいないでしょうか? 医者の頭の中も,患者の意識も明治時代そのままではないでしょうか?
特に糖尿病は SMBGやリブレの登場により,通院時の検査値しかみない主治医よりも患者の方がむしろ豊富なデータを持っていることも珍しくない時代です.

主治医と検討会を

大学病院や大病院では,『症例カンファレンス』というものを行うことがあります.

カンファレンスは conference,字義通りでは「会議」という意味ですが,医科部長を筆頭に,主治医や同僚医師,研修医,薬剤師,看護師,管理栄養士などすべての関係者が集合し,一つの症例をテーマとして多方面から徹底的に検討を加える ミーティングです.

(C) とらりん さん

患者のこれまでの経緯,現状はどうなのか,これまでに行ってきた治療・検査は適切だったのか,現在の診断名に至った経緯,またそこに至るまでに見落としていることはなかったのか,今後どのような治療が必要なのか等々,集中的に議論されます.少しでもあやふやなところがあれば,たちまち厳しい追及質問が飛んできます.NHKの人気番組だった「総合診療医ドクターG」をご覧になったことがある人なら雰囲気が想像できると思います.

しかし,仮にあなたの症例が 病院での症例カンファレンスにとりあげられたとしても,そこには あなた自身が測定・蓄積したデータは(それがいかに膨大であっても)存在すら意識されずに議論が進められます.あなたが几帳面な人で,日々の体調,食事,血糖値や血圧,運動量,感じた喜び/ストレスなどを記録して主治医に渡してあったとしても,それらは『病院の医学データ』としては扱われません.

つまり,症例カンファレンスで検討されるのは 『数字』であって,「あなたの姿 はどこにも見当たりません.

とすれば,定期的に通院している糖尿病患者は,主治医とミニカンファレンスを行うつもりで医師と議論してはいかがでしょうか? 一応「血糖値ノート」などを渡されていても,医師はそれを一瞥するだけがほとんどだと思います. しかし,たとえば 処方投薬が変更されたのなら,その前後で 日中/日間の血糖値のパターンがこう変わったが,これはどう解釈されるのかとか,長期間のデータを整理してみると,明らかに季節変動が見られるとか,患者自身にしかできないデータ分析を行って,それを医師にぶつけてみるのです. 運動に励んでいる人ならば,その記録と血糖コントロールとの関係を整理してみるのもいいでしょう.

医師には見えていない観点を提供してみて,そういう議論を「うるさい患者だ」と嫌うような医師なのか,座りなおして「それは面白い」とまじめに議論に応じてくれる医師なのかを判別することができます.

(C) きのこさん

肥満だけに的を絞っていればいい米国型糖尿病とは違い,日本人に多い痩せ型・低インスリン分泌の糖尿病には,現状『確立された標準療法』はありません.とすれば日本風『糖尿病診療学』においては,

患者が「自分の糖尿病治療法は自分で探す」

という自立したスタンスが求められると思います.

「患者が自立する 」 とは,何も医者並みの知識を持てとか,海外の医学文献を読めとかいう意味ではありません.そういうことは,専門家に任せるが,判断・決断だけは自信をもって自分自身で行えるようにする,という覚悟です.行動心理学の決められた手順にのせられて『決断 』するのではなく,自らの意思で決めていくのです.

日々 鬱々として,ただ毎月病院に通い,こと細かにあれこれと指示されたあげく,薬を受け取って帰る.毎日 薬をのみ,指定された時間に指定された運動をいやいや行う. たしかに数値上の検査データは,極端に悪い値が出ることはなくなったものの,もう何年間も一進一退が続いている.そういう状態が続いているのなら,それは医師のみに責任があるとは思えません.日本の【糖尿病診療学】とは,患者の課題でもあると信じます.

中村雅俊 [立ち上がれ]
(C) 日本コロムビア

[やっと 完]

コメント

  1. 西村 典彦 より:

    しらねのぞるばさん、先日の血液検査値が私とそっくりなのに続き、医療機器に対する趣味も私とそっくりですね。
    血圧計(これは一般的ですが)、心電計、パルスオキシメーター、SMBG、CGM、私もこれらの医療機器を所持しており、一定の効果を発揮しております。

    不整脈は病院で30秒ほど測定しても捉えられないことが多く、それなら自分で計測しようと簡易心電計を購入。心室性期外収縮の診断のデータとして役立ちました。
    少し勉強すれば、典型的な異常は読めるようになりますし、正常なデータを残しておけば比較することも可能です(心電図は奥が深いので医師でもちゃんと読めているか?ですが)。

    パルスオキシメーターは、私が運動時の血中酸素濃度の測定などのために購入しましたが、ある時、運動中に失神した妻(その時は単なる酸欠程度に考えていましたが)の血中濃度が、その後も84%程度しかないことに気づき、この数値が、即刻、病院に行くきっかけとなり、現在ペースメーカー装着者です。検査入院中、就寝時の脈拍は30台まで落ちていたようで、命拾いしました。

    興味本位で購入した機器ものもありますが、重大な情報が得られた経験からもっと一般的に普及してもよいのかなと思います。
    特にCGMが普及すれば、健康診断では分からない血糖値スパイクの有無が捉えられ、糖尿病の予防にはかなり寄与するのではないかと思います。もっと早くにリブレがあれば私も予防できたのではないかと思います。
    健常者と言われる方の血糖変動データがほとんど存在しない現在、重要なデータが得られるのではないかと思います。人間ドックなどで入れてほしい項目です。

    糖尿病に関しては、口にしたものと血糖値の変化は、毎食記録し、2か月に1回の通院時には持参するようにしています。
    主治医は、当初、糖質制限には反対していましたが、私のそれなりの効果を認め、最近は反対することはなくなりましたが、リブレで24時間のデータを見せて説明しても、まだ、医師自体がそのようなデータを目にする機会が少なく、的確な判断ができているとは思えず、したがって、患者である私が欲しいアドバイスは得られない、反対に私が情報提供しているというもどかしさが付きまといます。
    朝昼夜の耐糖能の変化をグラフにしたり、季節変動、シックディなどできるだけ、自分の訴えたいことを短時間で直感的に見せられるように工夫していますが、診察時間はどうしても限られ、長くても10分もないので毎回、言い忘れることが出てしまいます。医師と議論する時間が欲しいと常々思っています。診察中には看護師や糖尿病療養指導士の方も非常に興味をもって聞いてもらえているのでぜひ、そういう機会が作れないものかと思います。

    • しらねのぞるば より:

      > 心室性期外収縮の診断のデータとして役立ちました

      私の場合も,「脈がとんだ」ような感覚がみられたので,心電計を購入しました. 月に1回あるかないかという頻度だったので,病院の安静心電図ではまったく検出できませんでしたが,休日に一日中観測していたら,やっとその瞬間をとらえることができました. 典型的な期外収縮で,中年以上のの成人ではほぼ全員にみられ,人によっては一日に数千回発生していても気づかないことがあるようですね.安心はしましたが,おかげで心電図の読み方を覚えることができました,

      パルスオキシメーターは,年齢柄 風邪なのか肺炎なのかを見分ける手掛かりにするために買いました.

      今回のシリーズ記事で,「医師と議論って 本当にそんなことできるの?」という お問い合わせをたくさんいただいており,この後 記事にしますが,忙しい医師と うまく対人関係を築けることが鍵かなと思っております.

  2. かかか より:

    そうですね。仰るとおり、今は薬も検査値もネットなどですぐに調べられる。よって病気も検査値などからお医者さんより先に見つけてしまう事もある。パーっと見てa1cも血糖値も問題なくても、家でよく見ると「えっ、この日のお昼、食パン1枚とコーヒーなのに、血糖値高いな」とか。「悪玉基準値内だけど、上限ギリギリだ」とか。セカンドオピニオンだって広まってきた。
    お医者さんて、そこで得たデータしか信じない方もいますね。家で測ったデータで信じてくれるのって、体温くらいかも知れません。
    患者としては、どうしてこうなったのかメカニズムが知りたいわけで、「この場合の血糖値はこれ、でもこうした時の血糖値はこれ。なぜなのか」と。千差万別なのでしょうが、なかなか上手くいかない。
    高齢者(特に女性)は、品の良い患者でいようみたいな人が多いような気がします。「お医者様」的な。まあ人によりますが…。時代もあり、より良い信頼関係のためには、疑問に思った事をどんどん質問できて解決できるといいです。

    • しらねのぞるば より:

      > 高齢者(特に女性)は、品の良い患者でいようみたいな人が多い
      その方が医者も手間取らないですからね.

      学会に参加するようになって得た一つの収穫は,患者と向かいあっているときの医師と,ホンネの医師とはこんなに違うんだ,とわかったことです.医師は患者の前では 『完璧・無謬』を演じなければならない,これはこれでストレスのかかる職業なのだなと,ちょっと医師に対する見方が変わりました.