それでは食事療法にエビデンスはあるのか

薬効評価で『エビデンスがある』とは厳密にEBMに則って,統計判定したことを言います.それでは;

食事療法にエビデンスはあるのか?

ありません. 以上

いやあ 長い道のりでした. ついに ここにたどり着きましたよ.そもそも最初はこの一言を書くことだけが目的だったのです.しかし食事療法のエビデンスといえば,EBM にふれざるを得ず,ではEBMとは何かと,どんどんさかのぼっていったら,[EBM とは その1]まで行ってしまったわけです. あれ以上さかのぼると,『そもそも医学とは? ヒポクラテスによれば…』となり,際限がなくなるのでそこそこで見切りましたが.

ここまでお読みいただいた人ならご理解いただけたと思いますが,『疑いの余地なく,完全に科学的に誰にでも有効な効果を証明する』というのは,実に大変なことなのです. むしろ医薬品の効果など,証明しやすい方だと言っても差し支えないでしょう[←暴論です.気にしないでください].

PECOちゃん 再登場

もう一度 名郷先生の PECO に立ち返って,食事療法のEBM評価方法を考えてみましょう.

P 病気を治したい,あるいは痩せたいと思っている人が
E これこれの食事を続けたら,
C その食事をしなかった人に比べて
O 病気がよくなった あるいは 痩せられたかを調べる

まずPです.医薬試験のように参加者に条件をつける,これは可能でしょう.むしろ参加希望者続出で抽選でしょうね.

Eはどうでしょう? 『この食事を続けたら』ということが.厳密に守られると保証されるでしょうか?
各参加者に

『 これから 6か月間,皆さんにはまったく同じ食事をしていただきます.
6か月ですので,ここに180日×3 で 540食分のレシピを用意しましたから,この通り正確に料理を作って,すべて15分かけて完食してください.もちろん これ以外の食事は禁止,間食などもってのほか 』

とお願いする? この段階でもう無理ですね.参加者全員をホテルに閉じ込めて,部屋に運ばれる食事以外は一切とらせない,しかも完食するまで見張り付とでもしない限りは.

Cも同じです.『その食事をしなかった人』をどう定義しますか?

もちろん 二重盲検法なんてお笑いネタです,自分が何を食べているのかは丸わかりなのですから.

それなら,アンケートで

そんな非現実的なことを言わずに,多くの人にアンケートをとって,その食事内容が同じような人たちをグループ化して比較すれば?

ごもっともです.それは観察研究といいます.意味は 「夏休みの昆虫かんさつ日記」とまったく同じ意味です. 参加者にいっさい注文を付けずにただ観察して,その結果をまとめます.EBM をあきらめたのなら,そうするしかありません.

実際そういうことをした報告は,学会では山のように報告されています. ですがアンケートによる食事記録,これが問題で,さっぱりあてにならないのです.自己申告シートによれば,1,400kcalの仙人のような粗食をしていると申告した人が,実際には3,000kcal近く食べていたとか,Food Frequency Questionnaire(FFQ)と呼ばれる『思いだし法』による記録で,間食にドーナッツを5個食べたことを『思い出せなかった』とか.

では すべての食事を写真に撮らせて,それを管理栄養士が評価すれば

これも数えきれないほど報告が出され,もう見事なほどあざやかにすべて失敗しています[※].

まず絶対量がわかりません. 料理の写真では,皿の横に物差しでも置いてくれないと,実際のボリュームがわかりません.ついでに炒飯の高さも測ってください.
丼物やグラタンなどは,料理の表面写真だけではその下に何があるのかわかりません
砂糖,みりんなど調味料がどれくらい入っているのかわかりません.

いかに管理栄養士がプロでも,写真だけで正確な見積もりは不可能なのです.

[※] ただし,偏食の見直しなど,食生活改善・栄養指導のツールとしては,「食事の写真撮影」が有用でしょう.

条件をそろえて比較試験できないのであれば

つまり,EBM の考えで食事療法の効果を統計的に証明することはできないことがわかりました.『EBM で評価したが,調べた結果はNoだった』ではなくて,『EBM の適用がそもそも不可能だった』のです.ですから『エビデンスはありません』ではなくて, 『エビデンスはありえない』なのです.糖質制限食であれ,カロリー制限食であれ,地中海食であれ,すべてそうです.

江部先生がブログで,『糖質制限食にエビデンスはありません』と書いておられるのはそういう意味です.しかし,先生は,必ずそれに続けて,『それはカロリー制限食も同じです』と書きます.
ネットでは この後半だけを隠して『糖質制限食は危ないと提唱者が認めた』などと書く人がいます.純粋に悪意でしょうね.

では,巷にあふれる 『~~食は健康にいい』『~~食で痩せられた』,あれは何を根拠としているのでしょうか?

しかし 私は~~食でこんなに良くなった

はい,そうおっしゃる方は実際おられますし,ご自身の経験は尊重します.

私も糖質制限食で,正常な血糖値プロファイルを維持することに成功しています.

ではありますが,厳密な薬効試験ですら,あれだけの『個体差』があったことを御想起ください[EBMとはその3].どれだけ条件をそろえても個人差は必ずありますし,しかもその個人差は,薬の効果に正反対の結輪を出せるほど大きいのです(ほとんどの人はHbA1cが大きく改善したのに,逆にひどく悪化した人もいた).

世界に愛を

善意ベースで,こんないい方法があることを世界に教えてあげたいという,お気持ちは貴重ですが,

”ほかでもない,この私に有効だったのだから,世界のすべての人でそうに決まっている”

その事実を否定しているのではありません.お気持ちだけを頂いておきます.なぜなら;

[EBMとはその3]でとりあげた,この薬の個人別データで全体の平均HbA1cの変化はこうでした.

しかし,この全員のデータから,それぞれの目的をもって,特定個人データを抜き出すとこうなります.



つまり,一部だけをとりあげるのなら,この薬は『驚異の新薬』『まるで効かない』『薬どころか有害』と,どうとでも言えてしまいます.薬でさえこうなのです.
おわかりいただけたと思います.個別の症例をいくらたくさん集めても,それでもって全体を証明したことにはならないでのす.

書き始めた時には まさかこんなに長い連載記事になるとは思いませんでした.しかし,結論は 実にあっさりしたものです.

自分の妙薬は,自分でみつけるしかないのです

【散々引っ張ったあげく,それが結論か】

と石つぶてが飛んできそうなので,このシリーズはこれで完結とします.
おあとがよろしいようで.

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