権威ある医学専門誌に 臨床試験の結果が報告されました[再掲]
HbA1cは 投与群は 平均-0.4%低下し,非投与群では平均-0.1%で,統計上有意であった.しかし,心疾患発症率は 投与群と非投与群とで有意差はなかった. ただし,両群の65歳以上の人だけで比較すると(サブ解析),投与群では2件の発症,非投与群では4件の発症があり,統計上有意ではないものの,差が見られた.
すごい薬だ!
いかがでしょうか? あなたが糖尿病専門医なら,この新薬をどう評価するでしょうか.
そもそもこの論文を詳細に読むでしょうか? 医師は非常に忙しいのです. 昼飯すら満足にとれません.この論文が英語で10頁ほどあったとして,いくら専門医でも時間はとられます. ただ親切にも,ほとんどの学術論文の先頭には Abstract という論文全体を要約した文章が掲載されています.これなら1分で読めます. そこにはこう書いてありました.
心疾患既往のある糖尿病患者にXXXX新薬の半年間の投与で,プラセボに比べてHbA1cは有意に低下した.心疾患発症率は,特に高齢者で低下する傾向が見られた.
ちょっと意地悪な要約の例です.実際にはもう少し詳しく書いてあることが多いです.しかし,論文を読んだ人の記憶に残るのは,往々にして その論文のポジティブなところだけなのです.
二人の医者は
医師A:
このAbstract【だけ】を読んで『よしっ! 今度あの 痩せてるくせに口だけは達者なあの患者に使ってみよう』
医師B:
論文全体を詳しく読んで『米国のBMI30以上の超肥満の人だけが対象だな.痩せている人にはどうかな? 高齢でそれだけの体重なら,そりゃあ心疾患も起こりやすいだろう.しかも7割は白人系(アングロサクソン,ラテン系)の人種か. もう少し対象患者の数が多いデータはないのかな? アジア系人種での結果が中国の論文にないか,今度調べてみよう』と態度を保留.
二人の医者の極端な例ですが,同じ論文でもこれくらいの受け取り方の差はありえます.私なら後者の先生にかかりたいですね.
メディアは これをどう報道するか
しかし,新聞,週刊誌,テレビ,健康雑誌では,こういう風に報道されることがあります.
『夢の新薬! HbA1cが半年で低下 高齢者にも.米国なんとか大学が発見』
これだけです. メディアは視聴率が上がり,販売部数が増えればそれでいいのですからね.
そもそも,この報告は糖尿病患者とは言っても,かなり限定された人だけを集めて行われています. これは故意に,というかそうしないと,厳密な比較試験ができないからで,決して悪意ではありません. 適当に200人患者を集めて,などとやったら,インスリンを多量に使っている人,まったく投薬がなくてただ食事・運動療法だけの人も混在してしまいます.これではどんな結果が出ても,それはこの新薬の効果なのか,それ以外の薬やインスリンが影響したのかさっぱりわかりません.ですから薬の評価試験では,参加者が均一な集団になるように,厳密に条件を設定します. しかも,投与群・非投与群の間で差が出ないように同じような人たち(平均体重・平均年齢など)にそろえます.
ところが,Abstractでは,そこまで詳しく書けません. もちろん,学術論文なので,その辺は読む方もある程度はわかっていることが前提になっています. しかしメディア報道では,そういったいわば『特殊な条件下で行われた』という情報は一切飛ばして書かれます.テレビ番組のプロデューサや新聞記者にそこまでの理解力はありません.さらに健康雑誌の記事になると,もう目を疑うものすらあります. 具体例を書くと,営業妨害だといわれそうですから書けませんが.
すべての薬はEBMで薬効が確認されています
ここで『私に処方されている薬はきちんと評価されたのか?』と不安になった方がおられるかもしれませんので,一言 補足を.現在日本の医療機関で処方されているすべての薬は,以上のEBMの考え方により,薬効試験を行い,統計的に効能が立証されたものばかりです. よって効かない薬が使わることはありえません.
ただ,その効能はあくまでも『統計的に』立証されたものです. 長くなりますので,この続きは[EBMとはその3]に記します.
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