前回の記事で,
日本糖尿病学会が 長年 糖尿病患者に『唯一の理想的な食事療法』として一律に適用してきた食品交換表にはエビデンスが存在しない,すなわち『トンデモ医学』 のレベルであることを御紹介しました.
ここでいう『エビデンス』とは EBMの原則に則ってPECO が明確に示されているのか,という意味です.
すなわち;
- P 糖尿病患者が
- E 食品交換表で指定する食事療法を守っていれば
- C それを守っていない人に比べて
- O 合併症 又は 死亡率が有意に低い
これを証明しないとエビデンスがあるとは言えません.
ところが 2014~2018年にかけて学会のシンポジウムで,何度もこの問題が議論されたのですが,学会の『食品交換表編集委員会』は,ついにエビデンスを提示できなかったのです.
しかし(食品交換表の)問題点の一つとして,現状では各栄養素についての推定必要量の規定はあるものの,相互の適正比率を定めるためのエビデンスには乏しい点が挙げられる.
第59回日本糖尿病学会 シンポジウム26『これからの食事療法の展望
では いったい何を根拠に
しかし,1993年発行の食品交換表 第5版 以降,本日まで 実に28年間も『これこそ 人類の健康理想食』とまで言い切っていたのです.そこまで言い切るからには何か根拠がなくてはなりませんが,それはこういうことのようです.
「糖尿病診療ガイド ライン」では,「食事のなかの炭水化物を 50~60% エネルギー,たんぱく質 20% エネルギー以下を目安として,残りを脂質とする.」と記載している.
第59回日本糖尿病学会 シンポジウム26『これからの食事療法の展望
[中略]
前述の栄養素バランスの目安は,今のところ健常人の平均摂取量に基づいているにすぎない
この数字はどこから出てきたのでしょうか?
『糖尿病診療ガイドライン 2019』の引用文献を調べてみると,たしかに 厚生労働省の発行する『日本人の食事摂取基準』にはそう記載されています.
しかし,これは 日本人全体の平均値を調べたものです.
この記事にも書いたように;
たしかに 日本人成人は,年齢別に20代から80代まで,また 男女性別にかかわりなく,炭水化物=50~60%,脂質=25~30%,蛋白質=15%付近にきれいに揃っています[下図].これをもって,『これが日本人の標準なのだから,糖尿病患者も この比率に合わせた食事をしなければならない』という主張のようです.
しかし,これこそが『日本人の標準だ』というのは間違いです.これは『日本人の平均』にすぎないのです.なぜならば,各年代別に,脂質摂取%の分布を見るとこうなるからです.
ご覧の通り,年代を問わず同じ平均値になったとはいっても.実は若い20代の人は 男女とも 脂質摂取比率が30%を越えている人達が最大派閥なのです.60代の人ですら,脂質比率が25%以下の人は三人に一人くらいしかいません. 脂質摂取率の『平均値』が どの年代でも似たように値になっていても,実際の分布を見れば,年齢によりまったく分布が異なることは明らかで,脂質25%より非常に多い人と非常に少ない人がバラバラに混在していて,それを平均したら29%くらいになっただけなのです.
男女とも 年代によって脂質摂取比率は大きく異なります.であれば,PFC比率もまた異なるでしょう.これらのデータは厚労省の『国民栄養・健康調査』に書かれているのですが,なぜか日本糖尿病学会は全体を平均した上のグラフだけは引用しますが,下のグラフは決して引用しません.
魔法の言葉『平均値』
よく健康器具のコマーシャルなどで,
この機器は,日本人の平均的な体格に合わせて作られているので,どなた様にも安全・快適にお使いいただけます
などというフレーズが使われます
では 『日本人の平均的体格に合わせて作られて』いれば,誰にとってもピッタリなのでしょうか?
『平均付近』はたった4割
18歳以上の日本人成人男子の平均身長は 171cmくらいです.
この図の2本のオレンジ色の線は,平均値ピッタリに対して偏差値50±5,即ち偏差値= 45 及び 55の線です.
平均値に対して±5の偏差,つまり『身長が平均値付近』と言っていい人は たった4割しか該当しないのです.言い換えれば 6割の人は『平均値から外れている』のです.
ということはもしも何かの健康機器を『日本人男子の平均身長』に合わせて作り,いっさい調節不可であったとしたら,それは4割の人には適合しても,6割の人には『まったく自分の体格に合わない』ものになります.
これではクレームの嵐でしょう.
人は(特に日本人は),自分が『人並み』であると漠然と信じています.なので『あなたは人並み(世間並み)でない』と言われれば,無条件に『それは大変. 何とか人並みにしないと』と思う傾向があります.そして,そういうことを言う人は その心理を利用しています.
日本糖尿病学会が『日本人は 全員 平均栄養素摂取比率に合わせなければいけない』と主張するのは,『日本人男性の平均身長は170cm付近なのだから,日本男性は一人残らず その身長に合わせた背広を着なくてはならない』と言っているのと同じです.
『平均値』は『標準値』ではありません
平均値を全員一律に適用したら,誰にとってもピッタリではなく,むしろ多くの人に適合しないのです. 日本糖尿病学会は それを28年間も続けてしまったのです.
【追記】
『平均値なんだから,ほとんどの人がその平均に該当するんじゃないの?』という意見をかなりいただいております.
では,この例をご覧ください.
都道府県別自家用乗用車の100世帯当たり保有台数-日本自動車工業会
上記の資料によれば,東京都の一世帯あたりの自動車保有台数は 0.424台だそうです.
もしも 『平均』=『ほとんどの人に該当する』であれば,東京都の各ご家庭のカーポートを見ると こうなっているはずです.
そんなことはあり得ないですね. 0424台/世帯は『幻の平均値』であって,存在しないのです.
実際には,車のない家,車を1台保有する家,2台の家,3台の家…を平均したら 0.424台/世帯になっただけなのですから.
ちなみに 日本で一番 車の保有台数が多いのは 福井県で 1.727台/世帯だそうです.
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