新薬臨床試験に参加した人のその後は?

ブログ『Re:ゼロから始める糖尿病生活』を書いておられる「あじふらい」さんから,『新薬の臨床試験に参加した人の試験後フォロー結果はないのか』というコメントをいただきました.

治療 → 寛解 → 放置 → 悪化 → 治療 の長期的な追跡ももちろんなんですが、
薬効の調査としての追跡があると薬の効果が感じられて嬉しいなあ、というコメントでした。
試験だし頑張った、とかありそうじゃないですか。
特に新しい薬出された、なんてあったら危機感感じてトレーニング強めたり、食事制限強めたりとかって割とあることだと思います。
そういうのの効き目って、試験終わった後に試した薬がない状態で元に戻るか、下がり続けるか、なんじゃないかなあという考えです。
元に戻るなら薬の効き目があったってことでしょうし、薬やめても同じなら本人の努力とか不摂生だったんじゃないかなという見分けができるように思えます。

たしかにそうですね.臨床試験・治験に参加した人の体験談であれば,ディペックス・ジャパンなどでも公開されているのですが,試験後追跡調査報告という形では見たことがありません

新薬の薬効試験では,Phase2(少数の患者に投与;薬効だけでなく安全性・最適投与量確認など),Phase3(本格的に治療薬をめざし多数の患者で効果確認)に参加した患者は,ほとんどの場合 新薬の試験に参加しても問題なさそうな患者の集団です.つまり合併症や腎障害・肝障害がない,高齢ではない,それまでに多数の薬を処方されていない等々,ひっくるめて言えば『典型的な患者像』に該当する人ばかりです.しかも少しでも危険性が予見される人は,最初から対象に含めません.新薬ですから安全第一です.

一方既に実用化されている薬の適用範囲拡大や,多剤との併用効果など,いろいろな目的で行われる治療現場で行われる試験は,実際の患者が対象ですから,『ある条件に該当した患者像』です. 『これまでの治療では血糖コントロール不良であった人』というケースもありますから,重症の人が含まれることもあります.

ただどちらにせよ,試験終了時点で寛解とみなされる人が出たとしても,試験前に計画したプロトコルに,『投薬終了後の定期的フォロー』が組み込まれていなかったのであれば,通常の個人ごとの治療に戻るだけなので,それは個人情報であるからその結果が公表されることはないということでしょう.そもそも臨床試験そのものの結果も,参加者にすら非公開となっています[※]. これは臨床試験の国際基準:Good Clinical Practiceで,厳密な機密保持が規定されているからです.

[※]もっとも,せっかく参加していただいたのだから,試験結果の概要は参加者に説明すべきではないかということで,試験の目的・方法・結果を説明する試みも始まっているようです.
『被験者への治験結果の提供について』 2015年9月13日 ファイザー株式会社

ですので,私の知る限りでは 新薬臨床試験後追跡調査はありませんでした.本人の事前同意が前提となるでしょうが,たしかに そこまで公開されればいいですね.

[新薬で悪化したが,試験終了で健康を取り戻したなどという人が出てきたら,製薬会社は真っ青ですが]

なお 最初から『追跡調査を目的とした』研究であれば,たくさんあります.有名なものではDPP(= Diabetes Prevention Program Outcomes Study)研究です.境界型糖尿病の3,000人を 『生活習慣介入』・『メトホルミン投与』・ 『何もしない 』 の3群に分けて,平均3年間追跡したところ,境界型から糖尿病発症に至った人がもっとも少なかったのは, 『生活習慣介入』 群,次いで『メトホルミン投与』でした.この結果から日本でも,2型糖尿病をそれまでの『成人病 』ではなく『生活習慣病』と呼ぶようになり,【糖尿病 = だらしない生活のむくい】というイメージを定着させるきっかけにもなりました.

コメント

  1. highbloodglucose より:

    新薬臨床試験に参加する際の手続きがよく分からないのですが、
    被験者は試験の内容について説明を受け、その上で同意しているのですよね?
    被験者が知らされないのは、自分が受け取る薬が本物なのか偽薬なのかということだけで?
    それとも、まさかとは思いますが、何も知らされずに病院の都合で勝手にエントリーされ、
    いつの間にかこっそり新薬/偽薬を投与され、こっそり効果を観察されるのでしょうか?

    被験者の同意を得ているとすれば、新薬の効果を調べるために、
    今までの生活習慣、つまり食事内容や運動量を大きく変えないようにと注意を受けていると思うのですが、どうなんでしょうか。
    そうでないと、あじふらいさんの指摘のように、
    「試験だから頑張った」という被験者が多数出てしまい、
    薬の効果をみているのか生活習慣の変化をみているのか分からなくなってしまいますね。

    • しらねのぞるば より:

      お早うございます.

      >被験者は試験の内容について説明を受け、その上で同意しているのですよね?
      >被験者が知らされないのは、自分が受け取る薬が本物なのか偽薬なのかということだけで?

      はい,治験(臨床試験)に参加する人の事前説明書の一例です.これは厚労省のGCPに基づく雛形があるようで,日本のどの機関が行う場合でも,ほとんど同じです.

      『治験への参加をお願いするための説明文書ならびに同意書』
      http://www.musashino.jrc.or.jp/help/documents/15-115-6.pdf

      >それとも、まさかとは思いますが、何も知らされずに病院の都合で勝手にエントリーされ、
      >いつの間にかこっそり新薬/偽薬を投与され、こっそり効果を観察されるのでしょうか?

      あわわ,そんなことしたら犯罪です.上記文書の通り詳細に説明されます.

      >被験者の同意を得ているとすれば、新薬の効果を調べるために、
      >今までの生活習慣、つまり食事内容や運動量を大きく変えないようにと
      >注意を受けていると思うのですが、どうなんでしょうか。

      文書の p.10,16,17に参加者が守るべき注意事項がありますが,いずれも当然なことばかりです.
      たしかに昔は『あなたの普段の生活はこれまで通り変えないでください』という意味の注意を書いていた場合もあったのですが,現在はないようです. 「そういうことを書くと 余計頑張って運動に励む人が出てきたりする」と苦笑しているドクターもいました. もっとももちろんそういう人は今でもいるようで,自分はプラセボではなく,本物のすごい新薬をのむ方のグループだとかたく信じて,プラセボなのによくなってしまう人も実際出現します.
      つまり プラセボ効果です.

      http://www.jpma.or.jp/medicine/shinyaku/tiken/allotment/tiken/tiken20.html

      プラセボ効果については下記の書物が詳しいのですが;

      H.ビーチャー他/笠原敏雄訳 『偽薬効果』春秋社 2002年

      偽薬でも本物でも,そういう人はどちらの群にも確率的に一定数出るだろうが,二重盲検なので打ち消されるであろうという考えです.反対に『まだ安全かどうかわからない薬をのんでも本当に大丈夫なのか.副作用でおかしくならないか』と考える人も,やはり両群に出るでしょうが,これも一方の群に偏らなければやはり打ち消されるでしょう.
      いずれにせよ,こういった要因に結果が左右されないためには,サンプルサイズ(参加者を多くする)が重要です.

      • highbloodglucose より:

        治験の説明書例、興味深かったです。
        田舎に住んでいると、
        治験に参加するなんて経験できないんだろうな〜

        >そういうことを書くと 余計頑張って運動に励む人が出てきたりする

        なるほど、そのパターンもあるわけですね(笑)

        プラセボ効果とノセボ効果はどちらの群にも同率で出現するだろうから、
        被験者数が十分であれば相殺されますもんね。

        それにしても、プラセボにしろノセボにしろ、
        人の体というのは面白いですねぇ。
        「病は気から」とは、よく言ったものですね。

        • しらねのぞるば より:

          はい,『病は気から』という本でも書かれていますが,たしかにエピジェネティックな効果もあるのではないかと思います.ただこれを解明するのは至難でしょうけど.

          エピジェネティクスは生物の形態進化の要因ではなかったのかという説もあり,非常に興味あるところです.

  2. あじふらい より:

    しっかりと調べていただけて嬉しいです。
    マジでためになります。

    ここ数日、あんまお腹空かないんでナチュラルに食事制限してる感じになってるんですが、この状態だと食後でも3桁はなかなか見ない状態になってます。
    薬なしの自分でこれなんだから、新薬の検証でいまの自分みたいな状態に入っちゃったりすると薬が効いてるのかどうかってほんと把握出来ないなあって改めて思います。

    プラセボ効果とか面白いですね。
    本来導き出すべきはプラセボ効果でどんな身体の機能を引き出せたのかな、ってとこだと思いますが。
    それによって薬に頼らなくても健康になる方法が創り出せるんだろうなあ、って思います。

    • しらねのぞるば より:

      > プラセボ効果とか面白いですね。

      そうなんですよ. プラセボ効果は実に面白いです.現代科学は これを説明できません(できたら 医者も薬もいらないということになる).

      実際 ネットを見ていても,この人は,強固な信念と,ほとんど宗教的ともいえる情熱とでダブルブーストをかけて,病気を克服したんじゃないかと思える例もみられます.