無償公開は評価します. そこだけですが
本年5月の 仙台での日本糖尿病学会での雰囲気 からみて,改訂発行された 『糖尿病診療ガイドライン2019』に ある程度 期待しておりました.
その新ガイドラインは,10月17日に発売されるはずが,なんと9月30日に無償でオンライン公開されて 驚きました,それから本日までじっくり全文を読み込んだのですが,その内容は,『5月の仙台 学会の時点ではあそこまで行っていたのに,その後の反対派の巻き返しでここまで後退したのか』と残念な内容です.これなら最近 売れ行きのいい書籍にならって;
『残念なガイドライン2019 ~どうしてそうなった!?~』
という名前にでもしてはいかがでしょうか.
そういうわけで新ガイドラインの要旨などブログに書き起こす気力もうせてしまいましたが,幸い たがしゅう先生のブログ記事『情報の羅列では何もわからない 』 で,第3章の食事療法をとりあげておられ,「賢そうなことをたくさん言っているけど、結局何も意見を言っていない」と冷静に批判されています. まさにその通りです.付け加えれば,どっちつかずの表現の羅列に終わっているのは,第3章だけでなく,ガイドライン全体がそうです.
Aについては,Bが有効であるというエビデンスはあるが,それを否定するものもある.
全体にわたってこういう調子です.
これはある意味当然なことで,医学というものは,サイエンスとしてはまだまだよちよち歩きの段階で,ゆるぎなく確立した定説などというものは ほとんどありません.
何でも論文で決められるのなら苦労はしない
ですから,ある事象について かなり断定的な調子の医学論文があったとしても,それは
『Aという薬は,これこれの条件を満たす患者で,かつ あれとそれといくつかの条件に引っかかる患者は除外して,しかも Xか月という限定した期間だけの観察であれば,統計評価でXXという効果が有意にみられた』
という前提条件てんこ盛りのものに過ぎません. しかし,マスメディアで報道される時には,赤太字の部分は全部すっ飛ばされて,
『Aという薬は,統計評価でXXという効果が有意にみられた』
となります. もちろん条件が違えば,この論文の翌月に
『Aという薬は,統計評価でXXという効果はなかった』
という論文が出てきても いささかも不思議ではないのです.
実際 ホリデー様のブログでも紹介していただいたように ,ある論文があった場合,私は,できるだけそれとは正反対の主張をしている論文を探して両方を読むようにしています.たいていの場合,ある論文と それと正反対の論文は簡単に見つかります.
きちんとした学術論文であれば,必ず本文の最後に Limitation という項があり,そこでは『本論文は,以下の理由により 適応できる範囲には限界がある. 第一にサンプル数が少なく…』などと 自己の論文の『弱点』を正直に羅列してあります. 本来 学術論文とはそういうものなのですから.
ある論文だけをとりあげて,『私の考えとピタリ一致している.だからこの論文はすごい!!』とやるのはもちろん個人なら自由です.
ただし『ありとあらゆる患者に,ありとあらゆる条件で,無条件に効果がみられるすばらしい治療法を発見した』などと書く論文があれば,それは間違いなく詐欺まがいの代物です.
したがって,本当に公平・中立にエビデンスを収集すると,今回の『診療ガイドライン2019』のように,甲論乙駁をただ併記しただけ,となってしまうのは,当たりまえなのです.
ただし,前回の2016年版までは,甲論乙駁の一方ばかりを恣意的にとりあげて,『糖質制限は危険』『炭水化物比率60%が絶対正しい』とやっていたわけですが,今回 それらは一切撤回した格好になっています. まあそれだけでも 『科学的』になったといえるかもしれません. しかし,それならそれで,もう『ガイドライン』という名称はやめて,『診療法カタログ』とでもした方がいいと思います.
満場一致になるまで 何も決めない? 永遠の課題というやつですね.
大きな組織であればるほど,関係者が多ければ多いほど,それまで絶対と思われていたことをひっくりかえすほどではなく,ただ単に妥当な手直しを加えようとするだけでも,猛反対が沸き起こります.
これは日本糖尿病学会だけではなく,官庁はもちろん,民間企業でもごく普通にみられる現象です.
単なる改善のための手直しであっても,強硬に反対せざるをえないのは,理由はいくつもあるのでしょうが,
- それまで自分が唱えてきて,部下にも守るよう命じてきたのに,それを修正されては,自分が間違っていたと指摘されたことになり,『メンツを潰された』『顔に泥を塗られた』と感じる
- 現実に自分の利害関係に直接的な影響が出る
などでしょう.
より詳しくは,これもホリデー様のブログで 紹介していただきましたので,そちらをご覧ください.一つだけ付け加えると,大企業で ある新規事業を立ち上げて,それが成功したことにより役員にまで登りつめた人がいると,当該事業がその後不採算になっても,誰も 事業撤退を言い出せないという構図は,新聞でも報道された通りです.
今後 学会はどうするか
さて,今後の見通しですが,以前 江部先生のブログへのコメント に
こういう状況なので,ある日突然 糖尿病学会が食品交換表の『ちゃぶ台返し』をやると,その影響は甚大なのでしょう. ですので,学会は過去の路線から,180度転換する必要性は感じていても,ジワリジワリとやるしかない,たとえば1年ごとに30度ずつ向きを換えて,6~7年したら,あら不思議,昔とは正反対になっていた.... これを狙っているのではないかと,私は推測しています.
と書きましたが,この予想,意外にあたるかもしれませんww
コメント
私も、もしかしたら諸々の辻褄を合わせていくと糖質量45%くらいまで下げてくるかもしれないと淡い期待を寄せていましたが、残念な結果です。
日本のガイドラインは、多くの欧米の論文を根拠として引用していますが、日本人の糖尿病(非肥満型)と欧米人の糖尿病(肥満型)が同じ病態だとは思えません。
自分で見ても参考にならないものが多々あります。あくまでもBMI30の痩せれば治るアメリカ人向けです。BMI22の私にはものによっては、実践すら不可能です。
この実態を日本の糖尿病学会並びに専門医はどのようにとらえているのでしょう。
この際、日本糖尿病学会は、「日本独自の診断基準や治療方針の確率を目指す」と宣言すればどうでしょうか。
そうすれば、過去のしがらみを欧米とWHOに押し付けてストレスなく、大胆に方向転換できるのではないでしょうか。
そうでもしないとこの先、方向転換するタイミングはやってこないように思います。日本人と欧米人の病態の違いは当面、同じはずなので。
> この実態を日本の糖尿病学会並びに専門医はどのようにとらえているのでしょう。
学会の雰囲気,たとえば 5月の仙台の学会での食事療法に関するシンポジウムは,定数1,000名の大ホールで行われたのですが,もちろん満席で さらにビッシリと立ち見が出るほど,多分1,300人くらいいたでしょう. で,私の周囲の席の何人かとも言葉を交わしたのですが,
『いったい いつになったら糖質制限食の存在を認めるんでしょうね.学会幹部も困ったもんだ』
『なにしろ,あの(ピーッ!)さんが猛反対してるからな』
などと,医師ですら 大多数の人は,いつまでこんなことを続けるんだ,うんざりだという雰囲気でした.
> この際、日本糖尿病学会は、「日本独自の診断基準や治療方針の確率を目指す」と宣言すれば
上記の仙台学会の特別シンポジウムのDiscussion冒頭で,異例にも門脇理事長が発言を求め,『今回の改定のもっとも重要なポイントは,数字の修正という小手先の問題ではない. 原則を一律から個別へと転換することなのだ』と強調したので,会場の全員は多分 『反対する人はいても,今度こそ 大転換することは間違いなさそうだ』と感じたと思います.
ですが 蓋を開けたらこの惨状です.
たしかに このシンポジウムでも,二人の座長の内,一人の方は明らかに これまでの方針変更に反対であることを,発言の端々ににおわせておりました. 理事長の意向にすら 真正面から反対する勢力は強力なのでしょう.
私の主治医が以前「僕は個人的には糖質制限の効果はある程度認めています」とおっしゃていました。ただやはりガイドラインが変わらない事には大っぴらにはやりにくいようです。彼は勤務医ですしね。
健康のために糖質制限を実践している小児科医は「僕みたいに小児科とか整形外科の先生は糖質制限を勧めやすいけど、糖尿病内科の先生がそれをやっちゃうと経営なんちゃら(?)で叱られるんだよね」だそうです。
おそらく患者にインスリン注射をやめさせることは、病院の利益を減らすことになるのではないかと。。この仕組みをなんとかしないと難しいかもしれませんね。
日本における糖尿病の食事療法において、現在の糖質制限はどういう立ち位置なのでしょうか。
>『いったい いつになったら糖質制限食の存在を認めるんでしょうね.学会幹部も困ったもんだ』
>『なにしろ,あの(ピーッ!)さんが猛反対してるからな』
臨床の現場では、ガイドラインとして早く糖質制限を認めてほしいと思っているのでしょうか。
反対の立場に固執しているのは、もはや糖尿病学会の重鎮だけと言う雰囲気なのでしょうか。
私の主治医も、(たぶん)私に限っては糖質制限を認めています(勝手にやらせてもらってますと言うのが正解ですね)。この先、私が悪化する事がなければ、もっと多くの患者に適用していく可能性も十分にありそうな雰囲気はあります。
しかし、頭でわかっていても、「糖尿病専門医の常識」と「ガイドラインの呪縛」からはなかなか抜けられないようです。ガイドラインさえ改まれば、即座に実施するでしょうけど。