3回にわたり,イー・ライ・リリーが開発中の新薬 レタトルチド retatrutide(開発コード; LY3437943)の現状をみてきました.
レタトルチドは FDAの認可を得るべく,ただいま臨床試験中ですが,すでに Phase3まで進んでいるものもあり,全般に好結果を出しています.したがって 今後よほど致命的な副作用でも発見されない限り,数年以内には実用化されるでしょう. そこで 本シリーズの最後に,レタトルチドの今後を予想してみます.
【以下の記載は,医学文献等に基づくものではなく,ぞるば個人の予想です】
会社員時代につきあいのあった米国人の技術者とは 今もメールなどやりとりしています が,先方からの近況写真を見るたびに どんどん太っています. 昔はほっそりしていたのに.
現在の米国では,BMI=30の人が細く見えるほど 肥満した人が多くなっています.それもそのはずで,今や 米国人の4割は BMI=30を超える肥満者なのです.(日本の「肥満」の定義は BMI=25以上ですが,国際的には 30以上が「肥満」です)

米国疾病予防管理センター(Center for Disease Control and Prevention; CDC)は肥満の弊害について警告を出し続けています.

したがって,米国でレタトルチドが認可されるとすれば,『肥満症治療薬』がもっとも有力だと思います. 『肥満症』とは,単に肥満しているというだけでなく,肥満に関連する健康障害(高血圧,高脂血症,睡眠障害,行動障害など)が発生していて,治療が必要なものを指します. 肥満者を対象とした臨床試験で,速やかに減量を達成できることを示したレタトルチドは,まさに この目的に適合した新薬とされるでしょう. 実際 現在進行中の 臨床試験でも,大部分は肥満症に対する治療効果を実証しようとしています.
そして欧米白人では,『肥満』=『糖尿病』=『心疾患死』が ほぼ同義語と言っていいほどです.すなわち肥満が改善できるのであれば,糖尿病も心疾患死もほぼ確実に低減できます. よって レタトルチドは,チルゼパチドの後継薬として,そしてチルゼパチドより強力な糖尿病薬として認可される可能性は高いです.
ただし,現時点では ここまですんなりと進むかどうかは不明です.懸念される点があるからです.
心臓への負荷
GLP-1受容体作動薬は 投与後に一過性の心拍増加がみられることがあります.レタトルチドにおいても,試験期間中 下図のように 対象者の心拍数増加が観測されました.

24時間観測でこの上昇ですから,かなりの増加です.これがなぜ起こるのか その機序は不明なのですが,既に進行性の心疾患を持つ人にとっては,これはリスクになるかもしれません.
目的外投薬
米国で承認されれば,日本でも遅かれ早かれレタトルチドが認可されるでしょう.ただし その場合でも現在の『ウゴービ』(=糖尿病薬のオゼンピックと同成分)と同様に「明らかに治療が必要な肥満症の場合」という条件付きの認可になるでしょう.
しかしながら『肥満治療薬』という言葉を利用して,『あなたもモデル体型に!』などと宣伝する 美容整形医がぞろぞろ出てくることもまた確実でしょう.
ところがです,レタトルチドで 素晴らしい減量効果を達成した人たちの このデータを見てください.

試験に参加した人たちの平均BMIは36~38なのです. 男女とも 100kg級の体重の人です.この人たちにレタトルチドを投与して『最大20%の減量が達成できました』といっても,それは100kg級の人が 80kgになりました,というだけなのです. BMI=20をはるかに下回る女性が レタトルチドで同様に痩せられるはずがありません. もし20%も痩せたら それは命にかかわるでしょう.
レタトルチド 【完】




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