2013年12月に,ユネスコ(UNESCO)の世界無形文化遺産に『和食の文化』が登録されました.
この登録により,
『日本食が世界の健康食として国連に認められた』
などという意見があふれました.しかし,それは ユネスコに遺産登録を申請するために農水省に設置された『日本食文化の世界無形遺産登録に向けた検討会』 の会長を務められた,静岡文化芸術大学 熊倉功夫学長によって否定されました.
UNESCOに登録された各国の食文化
では,UNESCOには「和食の文化」がどのような理由で,何が登録されたのでしょうか?
そのことは,すでにUNESCOに登録済の各国の例を見ればよくわかります.
フランス料理の美食術[2010年登録]
登録件名に注目してください.いわゆる料理メニューとしての『フレンチ料理』が登録されたわけではないのです.それはユネスコの登録理由解説ページを見るとよくわかります.
フランスの料理術(gastronomy)とは,出産・結婚式・誕生日・なにかの記念日・功績・再会など、個人やグループの生活における重要な瞬間を祝うための慣習的な社会的慣習です。[中略]
フランス料理術とは、アペリティフ(食事の前の飲み物)から始まり、少なくとも4つの連続したコースの間に含まれるリキュールで終わる固定された形式を尊重する必要があります。食事に招かれた人は,伝統について深い知識を持ち、儀式の生きた見本として記憶を守り、それによって、特に若い世代への口頭および/または書面による伝統継承に貢献するのです。フランス料理術は家族や友人の輪をより近づけ、さらには社会的なつながりを強める働きをしているのです。
Gastronomic meal of the French/ UNESCO
とあるように,人間社会の行事・伝統をうるわしく保ち続けるために フランス料理が関連するすべてが【文化としての価値がある】という理由です.他の登録例も同じです.
メキシコ料理[2010年登録]
登録されたのは『メキシコの伝統料理:先祖から受け継いた共同体文化・ミチョアカンのパラダイム』 です.
メキシコ・ミチョアカン州に代表される,古来からの伝統食にかかわる共同体文化が対象です.トウモロコシなどの食料の栽培から加工方法・加工道具,そして食事習慣からマナーまで一切を含んだ『文化』を遺産保護対象として指定しました.
トルコのケシケキ料理[2011年登録]
ケシケキとは、麦から作った御粥です. 日常食ではなく,結婚式・割礼・宗教的な祝日の時だけに作られる伝統的なトルコの儀式料理です。 女性と男性が協力して、小麦と「ケケケ」と呼ばれる肉を巨大な大釜で調理し、客にふるまいます。単に料理だけが伝統なのではなくて,料理は一晩がかりで作られ,その手順のすべてが儀式化されています.
地中海食[2013年登録]
日本の『和食文化』登録と同年に登録されました.
地中海食には、作物、収穫、漁業、畜産、保全、加工、調理、特に食品の共有と消費に関する一連のスキル、知識、儀式、シンボル、伝統が含まれます。一緒に食べることは、地中海盆地全体のコミュニティの文化的アイデンティティと継続性の基盤です。それは、社会的交流とコミュニケーションの瞬間であり、家族、グループまたはコミュニティのアイデンティティの肯定と更新です。地中海食は、ホスピタリティ、近所、異文化間の対話と創造性、そして多様性の尊重によって導かれる生活様式の価値を強調しています。文化的な空間、フェスティバル、お祝い事で重要な役割を果たし、あらゆる年齢、状況、社会階級の人々を結びつけます。これには、陶器皿やガラスなど、食品の輸送、保存、消費のための伝統的な容器の職人技と生産が含まれます。女性は地中海食の知識を伝える上で重要な役割を果たします。女性はその技術を守り、季節のリズムやお祭りのイベントを尊重し、要素の価値を新しい世代に伝えます。市場はまた、交換、合意、相互尊重の日々の実践の中で、地中海食を育て、伝達するためのスペースとして重要な役割を果たします。
地中海食/UNESCO
ここで登録対象とした『地中海食』とは,狭い意味の料理名だけをさすのではなく,社会構造まで含んだ広い意味の文化を指していることが明らかです.
では「和食」はどう登録されたのか
ここまで見れば,もう想像は付いたと思います.ユネスコには「和食文化」が登録されたのであって,『和食は栄養バランスが理想的な健康食だ』という理由ではなかったのです.それは,ユネスコの「和食文化」登録の説明を見ればよくわかります.
和食は、食品の生産、加工、調理、消費に関連する一連のスキル、知識、実践、伝統に基づく社会的慣習です。それは、天然資源の持続可能な利用に密接に関連している、自然に対する尊重の本質的な精神に関連しています。和食に関連する基本的な知識と社会的および文化的特徴は、通常、新年のお祝いの間に見られます。日本人は、来年の神々を迎えるためにさまざまな準備をし、餅つき、特別な料理や新鮮な食材を使用した美しく装飾された料理を用意しています。それぞれに象徴的な意味があります。これらの料理は特別な食器で提供され、家族や共同体で共有されます。この慣行は、米、魚、野菜、食用の野生植物など、さまざまな天然の地元産の食材の消費を支持しています。家庭料理の適切な味付けなど、和食にまつわる基本的な知識や技能は、共有の食事時間で家に伝えられます。草の根グループ、学校の先生、料理のインストラクターも、正式な教育と非正式な教育、または実践を通じて知識とスキルを伝える役割を果たします。
和食とその文化/UNESCO
いずれの国の例も,「食事の材料・調理」という狭い意味での料理ではなく,その国・地域の伝統文化,宗教行事,社会慣習などと混然一体となった『食文化』が無形文化遺産登録の理由となっていることがわかります.
このことは 当然『和食』の申請にあたっても,『日本食文化の世界無形遺産登録に向けた検討会』のメンバーはよく理解していました. 申請までに4回の検討会が開かれ,その詳細な議事録を読めば,【文化としての和食】をいかにUNESCOに理解してもらうのか,真剣に検討した経緯がわかります.
繰り返しますが,
ユネスコの『和食文化』申請に 日本糖尿病学会は一切無関係だったのです
[46]に続く
コメント
この論文にくわしいです
「ユネスコ無形文化遺産に登録された和食文化とその保護と継承」
https://doi.org/10.11402/cookeryscience.48.320
中嶋先生;
ありがとうございます.私もこの江原さんの文献を参照しました.更に検討会議事録から,当初は日本料理そのものを申請しようとしていたのだが『韓国の宮廷料理は特殊な階層のもの』を理由に却下されたため,伝統や教育まで含めて広く日本の食文化を対象とすることにしたようですね.
ただこの文献でも少し触れていますが,ユネスコに申請した『和食の文化』が,本当に現代の日本で継承されているのか,今後も継承されていくのかというと,かなり怪しいと思っています.ほとんどの日本人は,もう祭事の『祭り食』や,地域に伝わる『伝統食』と,ファミレスの『和定食』との違いなどわからなくなってきているのではないでしょうか.2月になると突然 大量に出回る『恵方巻』は,いつの間にか全国区になってしまいました.しかも『海鮮グルメ恵方巻』まで登場すると,もう何が何だか.
なお 関西人の私としては,『たこ焼き』はさすがに伝統食ではないでしょうが,大阪の『食文化』ではあると思っています.