糖尿病医療学[ご質問について]

今回の「糖尿病医療学」は,その名前ですらメディアやネットではほとんど取り上げれられていない地味なテーマにもかかわらず,多くの方からご意見・ご質問をいただきました.ありがとうございます.

コメント・メールでお寄せいただいた中で,もっとも多かったのは やはり;

  • 医師と議論するなんて想像もできない
  • 医師が相手にしないのではないか
  • そもそも そんな時間を医師がとってくれると思えない
  • 相手は医学部も出て,医師免許を持っている,対等な議論にならないのでは

この反応は 当然だと思います. 私も 糖尿病寸前という段階で,自分なりに勉強を始める前は そう思っていました.

医師の言う通りにすべきと思っていましたが

当時は『医師の言う通りにするのが最善. 素人判断はすべきではない』と信じて,学会ガイドラインなどの刊行物に書かれていることはすべて忠実に守り,高糖質 1600kcalカロリー制限食や,有酸素運動,スポーツジム・フィトネッスクラブでのトレーニングなど,ある時期までは仕事そっちのけで励みました.

しかし,それらを数か月継続したら,血糖値・HbA1c 共にどんどん悪化していくので,『これはおかしい』と思い,もう一度学会の治療ガイド

などを詳しく読んだうえで,自分は たしかにここに書かれていることを 忠実に実行していることを確認しました

しかし,どうにも納得がいかないので,海外の文献,特にADA(米国糖尿病学会)の学会誌掲載論文を読んでいると,海外では日本糖尿病学会のように,ただ一つの方法を指定しているのではないことに気づきました. また日本と同じことが書いてある文献であっても,そこでエビデンスとして挙げられている元の論文をみると.BMIが30をはるかに超える,つまり米国では典型的な糖尿病患者なのだが,必ずしも日本人には当てはまらない患者を対象とした臨床論文でした.

仕事の関係で 米国に出張が多かった頃で,現地で顔を合わせる米国人(*)の体格に圧倒されていましたから,『この人たちの糖尿病と日本人の糖尿病を同じ扱いでいいのか』と疑問がめばえました.

(*) ビジネス関係で出会う米国人なので,当然ほとんどは高学歴のインテリです.

ところが,日本のガイドラインを読むと,米国で超肥満の人を対象にした『治療ガイドラン』そのままが記載されているのです.『減量に努めよ』『運動をしろ』と. そこには,日本人にはやせ型もいることは一切言及がありませんでした.自治体の発行する『健康だより』などは,『まず体重を5%落としましょう』などと,現体重は無視していきなり無条件に減量しろと書いてあるものさえ見られました.

『まさか BMI22を下回っている人にまで「あなたは糖尿病だから,体重を減らしなさい」とは言いませんよね?』

と,医者に質問したのが,私の My First Discussion です.

その時の答えはあまり記憶にはないのですが,『いや まあ運動で体を引き締めるのは悪いことではないから』というあいまいなものでした.

それ以来,私は 日本糖尿病学会や日本病態栄養学会の年次学術集会に参加すると同時に,暇があれば海外の文献も読むようにしました.それまでは,糖尿病というありふれた病気なのだから,日本だろうが米国だろうが,世界中の医師は同じ意見だと思っていたのですが,そうではないことに気づいたからです.

議論を吹っ掛けるのは無謀です

医学系の学会に顔を出すようになって,最初に気づいたのは,学会でみかける医師と,患者が接する医師とは,まるで別人種だということでした.

日本の医学界は,たしかに独特のヒエラルヒー社会ですが,それは 民間企業でも程度の差こそあれ同じようなもの. それよりも驚いたのは,学会に参加している医師の実にリラックスした表情です.学会会場の医師は,普通の礼儀正しいおじさんです.何かのことで立ち話をすることがあっても,(向こうは私を医師だと思っていることもあるのでしょうが) 謙虚と表現してもいいくらい.

医師の看板

医師という職業柄,患者の信頼は 大事でしょう.

『そりゃあ,医師だって人間だからね.間違うこともあるし,とんでもない誤診だってやらかすかもね,ワハハ』

など言ったら,患者は逃げ出してしまいます.
医師は患者の前では.絶対に正しく間違いはおかさない『完全・無謬の存在』であることを演じなければいけないのです.これは医師の職業上の看板です.

(C) acworks さん

最初は丁寧に

ただ その『絶対無謬』という建前上,医師は患者から質問されたことを『知らない』『わからない』とは言いにくいのです.
まして最初から議論を吹っ掛ける調子で,「あなたは間違っている」などと言おうものなら,プライドの高い医師でなくとも怒り出します.

何年も糖尿病で通院している患者から,ある日『先生,私 糖尿病なんですか?』と尋ねられてずっこけた

というのをどこかのブログで見たことがありますが,医師は,患者は初歩的なことすら理解していないと決めつけています.

とすれば,『医師の建前』『患者は無知』,この二つをうまく利用して,[自分の病気を少しでも理解しようと,勉強熱心で教えを乞う患者]というスタイルで臨むのが,カドが立たないでしょう.たとえ自分はよく知っていても,糖尿病に関するごく基本的な用語の意味を質問するあたりから始まって,次第に質問のレベルを上げていくのです.

私は,幸か不幸か保険診療上は『糖尿病』とは診断されていないので.医師の診断というのは年に一回の定期健診のフォローの時ぐらいですが,何年間もかけて『医学に興味のある変なおじさん』を受け入れてもらっています.医学系学会に参加していることも知っていますし,診察が終わったら『先生,この論文 どう思います?』と取り出しても驚きません.『今度はこれがテーマですか』などと苦笑しています.

ただ,医師は 通常 「論文をよむどころか,メシを食うヒマもない」のは事実です.相手が忙しそうなときは,てきぱきと診察を進めることに協力的な姿勢を見せれば,それだけでもポイントは稼げると思います.そうすれば,時間に余裕のある時には,お返しとして 向こうから声をかけてくるでしょう.このあたりは,仕事柄 対人関係が重要 と言う人なら,うまく関係を築けていけるのではないでしょうか.

医師と議論できる関係をうまく構築していて羨ましいなあと思うのは,highbloodglucose さんです.

この患者は本当に勉強しようとしているのだなと思えば,医師は割合親切なのです.

コメント

  1. 西村 典彦 より:

    私が、今の主治医のもとに通うようになって1年と半年ほどですが、医師との会話は約2ヶ月に1回の診察の時の5分間です。
    診察の前に体重や血圧を計ったり、採血をしたりと、看護師の方と接する時間の方が長く、たまに血圧でも高ければ「今日は何かありました?」と聞かれてほんの少しの時間ですが、雑談的な会話を交わすこともあります。
    この時にほんとは医師に伝えたいことを看護師の方にそっとつぶやいておくと、診察の前に医師に伝えてくれたりします。
    今までで一番良かった「つかみ」は、リブレで血糖値を管理していることを血圧を測りながら看護師さんと雑談してると、えらく興味を持たれて、「先生、この患者さん、リブレ使われてるそうです」と結構、大きな声で伝えていただきました。
    小さな個人病院なので帰りには受付の方まで「リブレ使われてるんですか」と興味津々でした。
    それ以来、私の話は、それなりに聞き入れてもらえます。医者も技術者ですから、新しいものには興味があるようです。

    ある時、SGLT2阻害薬(スーグラ)を試してみたいと願い出た時、横に立っていた看護師と顔を見合わせて何か言いたげな顔をされたのが何だったのか、今も分かりませんが、その後の医師との会話から想像すると、そのクリニックでは処方したことがなかったのではないかと思います。それではと、スーグラの効果を2ヶ月記録し、プリントアウトして、次回受診時に持参させていただきました。案の定、「それ、コピーさせてもらえる?」「どうぞ、差し上げます」とコピーの手間も省いてあげました。
    このようにして、医師とのコミュニケーションは良好になったのですが、初めて受診した時、既に私はスーパー糖質制限実践中であり、炭水化物は極力食べないようにしていると告げた途端、「主食は全く食べないの? 高たんぱくで腎臓悪くなるよ。多少血糖値が上がっても食べないとだめだ」と脅されたので、こりゃ、言う事きかないと「もう、来なくていい」と言われるかとハラハラしました。
    初めての受診から数回は、このやり取りがありましたが、私の検査はきっちりと結果を出していたので、特に反対する理由もなくなったのか、「気をつけてね」と態度が和らぎました。
    それ以来、受診時には、必ず、食事と日々の血糖値変動を記録したものを持参しますが、カルテと一緒にファイリングされてたりします。

    この前は、看護師さんが「お試しでリブレつけてるんです」となぜか、私に報告されてしまいました。医師もリブレの事になると私に聞いてきます。まだ、そこのクリニックでは使用実績がなく、これから導入しようと考えているようです。こういう時は、コミュニケーションのチャンスです。
    血糖値も良好なので通院の必要性が薄らいでいますが「また、検査しに来てくださいね」と言う医師の甘い誘惑に乗せられて通院している次第です。
    コミュニケーションがもう少し良好になったら、「お食事でも」とお誘いしてみましょうか(笑)

    • しらねのぞるば より:

      私なら, リブレの生データ全部と,それをいろいろ分析・分類したもの,これをセットにして『ご参考になれば』と渡して,それ以上何も言わずにすんなり帰る,という手をとるかもしれません.
      データに興味があれば,向こうから声をかけてくるでしょう.一席 もうけて 鰻で茶漬けとはいかないでしょうがw

      学会のやりとりなど聞いていても,医師が一番困るのは,自分に経験のないケースについて,患者からあれこれ質問されることのようです. もちろん,正直に『経験がないからわからない』という医師もいる一方で,『それは,これこれだ(と思う)』と答える人[ただし,()内は 発音をするのをうっかり忘れる],両方いるようですね.

  2. highbloodglucose より:

    >ある日『先生,私 糖尿病なんですか?』と尋ねられてずっこけた

    わたしが自分のブログのコメント欄で書いたエピソードですね(笑)
    医師が、患者は初歩的なことすら理解していないと決めつけているというのとはちょっと違って、医師は自分ではずっと「あなたは糖尿病だから治療していかないといけない」と説明してきたつもりなのに、患者は全く理解していなくて、きっちり定期的に受診に来ているにもかかわらず、ある日突然、「先生、私 糖尿病なんですか?」と尋ねられてずっこけたわけですね。
    多分、医師は最初に糖尿病と診断したときにさらっと説明して、それで患者は理解したと思ったのでしょう。でも、患者には通じていなかったんでしょうね。

    >医師と議論できる関係をうまく構築していて羨ましいなあ

    そんなふうに思われていたのですね(汗)
    わたしの場合は、ちょっと特殊なのだと思います。
    ひとつは、しらねのぞるばさんとも共通しますが、医師も普通の人であることをよく知っているのが大きいですね。
    それと、クリニックの医師はわたしが糖尿病と確定する前からインフルエンザなど単発で世話になっており、何かのきっかけでわたしのバックグラウンドについて話したことがあったというのも大きかったと思います。

    医師がもっと時間に余裕を持って診察し、患者の疑問に答えられる環境になるといいですね。
    でも、わたしやしらねのぞるばさんのような患者が大量発生したら医師は対応に大変かも(苦笑)

    わたしは2,30分ほども時間を使ってもらって申し訳ない気持ちで一杯だけれど、それでも知りたいことを全部聞くには時間が全然足りません。もっとリラックスした環境で、雑談するようにいろいろ議論できたらいいのになぁと思います。

    • しらねのぞるば より:

      > わたしが自分のブログのコメント欄で書いたエピソード

      そうでしたか,あまりにもおもろい話なので 印象は強く残っていたのですが,再度ソースを探してググっても出てこず,どこで見たのだろうと悩んでいました.

      私と医師(産業医と自宅近くの開業医)の関係では,産業医にとって私は特殊な存在なのだからでしょうね. 私が事業部の企画管理部門で部内人事・健康管理なども担当しているので,その関係の打ち合わせで会う方がむしろ多いからです.糖尿病の危険を非常に早い段階で警告してくれたのも,たぶん何でも言える関係だったからだと思っています.
      医師との関係がフランクになれば,わからないことはわからない,あるいはこれは私の推測だが,などとはっきり言ってくれるようになる気がします.
      逆に,『この患者はネットやテレビの情報に踊らされやすい,アホな人だ』と思っていると,杓子定規な対応に終始するようです.

      • highbloodglucose より:

        >再度ソースを探してググっても出てこず,どこで見たのだろうと悩んでいました

        わたしも、いつ、どの記事でコメントしたのか気になってしまいました(笑)
        今年8月17日にアップした「グルカゴンの反乱ぶりを拝見。」という記事ですね。
        https://ameblo.jp/highbloodglucosediary/entry-12507714069.html

        医師の思いと患者の思いはすれ違う…というエピソードのひとつでした。
        クリニックの医師は強面の無愛想なおじさんですが、たまに本音のぼやきが聞けたので面白かったです。

        ぞるばさんは診察ではなく仕事絡みで医師と話をする機会があるのですね。
        それはいいですね。
        わたしも茶飲み…<また始まった

        • しらねのぞるば より:

          > 仕事絡みで医師と話をする機会

          はい,ただそれも あと1週間です. ようやく すまじきものの宮仕え とおさらばできますから.
          今 続々と私のデスクの上に 色紙やら花束が届いています. ありがたいことではあるのですが,色紙などに『第二の人生をごゆっくりと…』などと書かれているのはどうもね. 冗談じゃない,これから私の『第一の人生』がやっと始まるのです.

  3. よっしー より:

    こんにちは。いつも勉強させていただいています。
    主治医と何でも話せる関係を築くことはとても大事だと私も思います。
    とはいっても、ただでさえ待ち時間の長い総合病院の糖尿病内科ですので、後の患者さんたちに迷惑にならないように質問したいポイントをあらかじめメモして忘れないように持っていくことにしています。

    私の主治医は糖尿病専門医ですが、正直でなかなかさっぱりした先生です。風邪を引いたときは「薬出しておく?どうせあんまり効かないけど出してって言われたら出すんだ」だそうで(笑)「この論文が面白かったよ」などと教えてくださることもあります。

    • しらねのぞるば より:

      よっしー 様

      お久しぶりです.

      > 「この論文が面白かったよ」などと教えてくださることも

      いいですねぇ,その関係.
      医師の方も 本当は実はそういうざっくばらんに話せる患者を求めていると思います.昔はそうだったし.
      ただ 最近は地域の医師会が,医療訴訟の頻発に備える講習会などで『患者に不用意なことを言うな』などと野暮なことを吹き込むので,互いに難しくなりましたね.