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前回記事 およびそのコメントで,『直接のメッセージはあるのだが,コメントは少ない』と書きました.

私もあまり他人様のブログにはコメントしない方なので,人のことは言えた義理ではないのですが,コメントをためらうのは何が原因なのかを考えてみました.

本館のアクセスログを見ていると,アクセスが多かった記事ほど,コメントはなくともメッセージが増える傾向があります. つまり よく読まれた記事には,当然ながら「ひとこと 言いたい」と思う人が多いわけです.

これを考えてみると,本館の記事に意見は述べたいのだが,ただコメント欄での公開はしたくないということでしょうね.
なぜ公開を望まないかという理由は ご本人のみぞ知るですが,別にコメントしたからといって発信者の所属や名前が漏れるわけではない(※)ので,そこを警戒したわけではないのでしょう.

(※) この本館ブログは Xserver社のレンタルサーバーを利用しています. 管理者画面には詳細なアクセスログが残りますが,コメントした人のアクセス情報は,管理サーバーから見た『発信元情報』だけです. つまり,コメントを書いた人は,(まったくの自前でUNIXサーバーなどを自宅に設置していない限り)何らかのインターネットプロバイダを利用しているはずですから,そのプロバイダのIPアドレスが『発信元情報』です.whoisでそのIPアドレスを検索しても,プロバイダの住所/社名が出るだけです. ですから これだけでは,ああこの人は OCNだなとか,NUROだなとかがわかるだけで,それ以上のことはわかりません.

とすれば,コメントすることにより,その後のやりとりの推移を第三者にみられたくない,ということなのでしょう.

DebateかDiscussionか

日本語では「討論」「検討」「議論」などの言葉は,あまり厳密に区別せずに使われますが,英語では DebateとDiscussionとは,全然違うものとして使われていると思います.

Let’s debate now.
Let’s discuss about it.

この2つでは,その後の動作はまったく違ってきます.

Debateは語源をたどると,古フランス語の de=徹底的 batre=叩く だそうで,つまり闘いです.それも相手を徹底的に打ちのめす「言葉を使った闘争」です.勝つことにのみ意味があるのです. よく MBAのトレーニングなどでは,その場でテーマを与えられて 是側と否側に分かれてDebateが行われます. 自説を擁護し,相手側の論理の矛盾やスキをついて,純粋に言語能力を鍛えるために行うわけです.この場合 勝つことだけが目的ですから,どんな詭弁や屁理屈でも,勝ちさえすればそれでいいわけです.また自分の信条がどちら側かということとは無関係です. その証拠にDebateでは,1ラウンドが終了したら,今度は攻守入れ替えて やることだってあります.

一方 Discussion は勝ち負けではありません. Discussionに参加する衆知を集めて 何が正しいのかを共同して考える作業です.ですから自分の意見が通ったか/通らなかったか が問題ではなくて,どれだけ真理に近づけたかが問題なのです.

つまり,DebateとDiscussionとは,目的がまるで違います.

この2つの違いは,囲碁・将棋のプロ棋士を見るとわかりやすいのではないでしょうか.

対局中は 当たり前ですが,どちらも 相手に勝つことだけに全力を尽くします. 仮に相手が悪手を打っても,『それよりは こう打った方がいいよ』などとは教えないでしょう.

しかし対局が終わり,局後検討になると 二人は一変します.

2023年5月 名人戦 第5局後の局後検討

「ここではこう打ったのだが,本当はこう打てば もっとよかったのではないか」などと,自分の手/相手の手を区別せず,ただ『最善の手は』を協力して探します.

対局中は Debateであり,局後検討がDiscussionだと思います.

何を言いたいのかと申しますと,私のブログではコメントは Debateではありません. Discussionであってほしいと思うのです. 『どちらが正しいのか』ではなくて,『何が正しいのか』を自由に語っていただければと思っています.

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