肥満の起源

氷河時代の贈り物

最後の氷河期は約1万年前に終了し,現在は次の氷河期までの間氷期だと言われています.

氷河期には地球の平均温度は現在より10度近くも低く,赤道付近の低緯度地帯以外はほとんど氷河に覆われていたようです.もちろん氷河のない地域でも,1年中 低温であり,たとえて言えば,1年の内9ヶ月が厳冬で,春・夏・秋はそれぞれ1ヶ月しかないという気候だったようです.

(C) pinotgrigio さん

ところで,人類にはこの氷河期によって獲得した形質遺伝子があると言われています. それが 双極性障害の遺伝子です. というか,この遺伝子を持っていた人だけが,氷河期に餓死せずに生き延びたのです.

双極性障害とは

現在では双極性感情障害というのが正式な医学用語のようです.しかし一般には躁鬱(そううつ)病で知られています.躁鬱病というと,稀な症状と思われていますが,生涯有病率は0.1から1%程度との報告があります. また躁鬱病とまではいかなくとも,気分がふさぎ込んで何をする気力も起きない時や,完全に舞い上がってしまって普段の自分からはおもいもつかないことをやってしまう,ということは誰にでもあります.

同一人でありながら,躁状態と鬱状態ではまったく様子が異なり,鬱状態では食欲を含め,あらゆる意欲がわかず,ベッドから起き上がることすら困難と,何をすることもできないようです. ところが躁状態になると(しかも,これがある朝突然やってくる),まるで「世界がすべて自分のものになったような感覚」「頭は冴えわたり,次から次へと新しいアイデアが湧き出てくる」「何週間も不眠不休で動き続けられる」となります.

双極性障害には季節性のものがあり,春になると鬱状態から躁状態に,冬が近づくとその逆に,を繰り返します.有名人では,作家のゲーテがそうだったと言われており,ゲーテの『ファウスト』や『若きウェルテルの悩み』という作品では,躁状態と鬱状態がはっきりと書き分けられています.

躁:『不思議な明るさが,僕の魂の隅々まで広がっている』
鬱:『僕の活動力はすっかり鈍り,不安な怠け癖がついた』
~ 若きウェルテルの悩みより ~

なぜ氷河期を生き延びられたのか

1年のほとんどが厳冬であり,もちろん食物など得られない.したがって 当時の人類は冬眠したかのように,ただ横たわって消費エネルギーを最低限に抑えて餓死を免れるしかありませんでした. 一方 短い夏が来ると,猛烈な勢いで食物を集め,少しでも温暖な地域に移動し,次の冬に備えて新しい住みかを確保する,この時期に眠ったり休んだりするのは単に時間の浪費であり,次の冬には死んでしまうかもしれません.

この極端に活動が変化する1年の行動サイクルは,まさに 双極性障害のそれです.そしてこの形質があったから,人類は氷河期で絶滅しなかったのでしょう.

ー 以上 『こころの科学 』 2007年1月号より ー

氷河期に得たもの

もう一つ,氷河期を生き延びるのに必須だったもの,それは『食い貯めができる』ということです.短い夏の間に次々と動物狩猟や果実集めを行って,ものすごい勢いでそれらを食べて(躁鬱病の病状の特徴は『過食』です),過剰なカロリーをすべて皮下脂肪として蓄えておいて長い冬に備える,これができないと冬の絶食期間に死んでしまいます. 山や海で遭難した人が何か月も水だけで生き延びられるのは,人間の体がそれに対応できるよう皮下脂肪を蓄えられる仕組みになっているからです.

(C) もじゃ さん

遭難した時を除いて,現代では不要になった形質ですが,なにしろ最後の氷河期が終結してから,まだ1万年強しか経っていません.インスリンが過剰糖質を肝臓でグリコーゲンに変え,それでも余れば中性脂肪として脂質細胞に送り込むのは,そうすることが必要だったのであり,またその形質が効率的な遺伝子を持つ人だけが生き延びられたとしか思えません. 肥満の歴史は人類の歴史と言えるでしょう.

コメント