糖尿病の文献を読み漁り始めたのは,産業医から『このままでは糖尿病になるぞ』と警告されたからですが,当初は難解な医学用語もさることながら,もっとも混乱したのは 私が慣れ親しんでいた化学の用語が,生化学では別の意味を持つことでした.
例を挙げれば,

図の左上 赤枠部で,細胞はグルコース輸送体(GLUT)から取り込んだグルコース(ブドウ糖)をグルコキナーゼの介助によってグルコース6リン酸(G6P)に変換します.

グルコースは安定な化合物ですが,G6Pは エネルギー状態の高い,すなわち不安定な化合物です.不安定な化合物が安定な化合物に落ち着くのは容易です.放っておいても自然にそうなります. しかし安定な化合物が 自然に不安定になることはありません. そこには 馬力が,つまりエネルギーが必要です. このエネルギーを供給しているのが,人体の『燃料』であるATPです.ATPがADPになるときに放出されるエネルギーを利用して グルコースはG6Pという高台に駆け上がります.
なお,ここで『高いエネルギー状態』とは,たとえて言えば 高い棚の上に置いてある花瓶のようなもので,何かあったら花瓶は床に落ちて割れてしまいます.一方 『低いエネルギー状態』とは,床の上にじかに花瓶がおいてあるようなものです.
そして,ATPがエネルギーを放出して グルコースをG6Pに変換するのは,シーソーを利用したジャンプに似ています.

で,教科書では,この反応を『共役反応により』と説明してあったのです.ぞるばはそれを読んで「え? どこに共役基があるの?」と途方にくれました.
なぜなら化学で『共役』と言えば,それは「分子内で不飽和結合が単結合を介して隣り合っている状態」を指すからです.
この図で反応性の高い不飽和結合(π結合)は,反応性の低い単結合(σ結合)とはまったく異なる状態ですが,

それらが隣り合った場合には,真ん中にある単結合は,不飽和結合と同じような状態にあるので;

結果として全体として同じように反応性の高い状態(不飽和電子の非局在化)となります.

これが共役二重結合です.
なので,グルコースにもG6Pにも「どこにも共役なんかないではないか」,とこうなったわけです.
しかし,英語の教科書を見て 意味がわかりました.
生化学の 『共役』は Coupled
化学の『共役』は Conjugated
つまり英語では異なる用語を,日本語では たまたま同じ言葉に翻訳してしまったのです.
まあ,他分野の人が どんな翻訳用語を使っているか 知ったこっちゃないからでしょうね. CoupledとConjugatedとを,それぞれの分野で 同じ『共役』と訳してしまった結果 こうなったのです.
この程度ならまだいいのですが,同じ医学用略語が 場面によって まるで違う意味を持つこともあり,こちらは深刻な問題になります.

これだと,同じ病院内でも たとえば内科・ 循環器科・外科では CPをまるで違う意味に使っていることになります.
この同名異議語問題は,カルテの電子化・データベース化の時に,大きな障害になります.医師が面倒くさがってカルテに「CP」と打ち込むと,それは場面によってまるで違う意味になるので,自動判定できないのです.

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