糖尿病で入院して,食事療法のみ 又は 薬(DPP-4阻害薬)で治療中の患者ですが,それでも血糖コントロールが思わしくないので,メトホルミンを追加投与したという症例報告です(第62回JDS 学術集会 1-P-285).
対象者は14名(男性11名),空腹時血糖値は 平均197,入院時の HbA1cは平均10.9と高いですが,罹病期間は 平均3.5年と短いです.それを反映して,血糖値は高いものの,空腹時C-ペプチドは 平均 1.43ng/ml,24時間尿中C-ペプチドは 63.0μgとインスリン分泌は十分です.平均BMIは25.8ですが,最小 21.5 最大 28.5と,痩せ型から肥満型まで混在しています.
一般にメトホルミンは
肝臓での糖新生を抑制して,夜間や空腹時の血糖値上昇を抑制する薬なので,食後血糖値上昇の抑制には関係がないということになっています. ところが,この症例では,夜間だけでなく食後の血糖値にも明らかな低下が見られたという報告でした.
投与方法
入院から3日間の経過観察後,以降3日ごとにメトホルミンを 500㎎/日 → 1,000㎎/日 → 1,500mg/日と増量していきました.
結果は
期間中,すべての患者は CGM(民生用のリブレ FGMではなく,医療用のCGM)を装着していました.その結果;
狙い通り,夜間の血糖値は,投与量にきれいに比例して低下しました.
ところが,意外にも 食後,特に朝食・昼食後に激しく上昇していた血糖値も穏やかになったのです.
メトホルミンは単機能薬ではない
たしかに文献では
メトホルミンは腸管からの糖吸収を妨害する
Czyzyk A Diabetes 17: 492-498,1968
メトホルミンはGLP-1分泌を促進して,間接的に食後のインスリン分泌も促進する
Hashimoto Y Endocrine 52: 271-276,2016
メトホルミンは肝臓の糖新生だけでなく,グルカゴン分泌も抑制する
Miller RA Nature 494:256-261,2013
などと,単純な糖新生抑制薬ではないとも報告されており,2型糖尿病患者にとっては実にありがたい存在です. それでいて糖尿病薬の中でもっとも安価なのですから,もうメトホルミンの方角には(どっちだ?)足を向けて寝られません.
ただし,この症例報告では,一時的な糖毒性が解除されたことによる効果もあるので,すべてがメトホルミンの効果とは言い切れないとも説明していました.
コメント
メトホルミンに食後血糖値を抑える効果がある、というのは実感値に合います。しかし、私の場合は空腹時血糖値は今のところ変化なしです。(3月から1000mg/日服用中)。ただし、食後血糖値について同一食事で比較しているわけでもないので感覚論ですが。
それにしても、です。もう何十年も使っている薬の効果がようやく研究されるというのもどうなの?という感じがしますが。
記事の末尾にも書いたように,この症例の場合,最初の血糖値があまりにも高いことから,糖毒性解除効果も大きいのだろうというのが,発表を聞いていた人の感想でしたね.ただ,このケースでは,単に夜間の高血糖を鎮めるつもりでメトホルミンを投与したら,全然期待していなかった食後血糖値も下がったので,驚いて学会発表したということでしょう.
>もう何十年も使っている薬の効果がようやく研究されるというのもどうなの?
メトホルミンは,中世ヨーロッパの時代から使われていた糖尿病治療の薬草=フレンチライラックの成分から開発されたものなので,それを入れれば数百年の歴史があるわけですが,いまだになぜ効くのか不明です. 数年前までは(今でも?)医学生の教科書には,「AMPキナーゼを活性化するして肝糖新生を抑制する」と書かれていたのですが,現在ではこれは間違いであると判明しています. そういう状況なので,メトホルミンの薬効にはいまだ知られていないものも多いのでしょう.
そういえば,メトホルミンよりさらに古いアスピリンですら,いまだに鎮痛作用以外の薬効も発見が続いているくらいですから,人体の生化学は100年や200年研究したくらいでは解明できるものではないということでしょうね.
もともとは薬草の成分だったのですね。知りませんでした。
また新たな知識を得ました。
ありがとうございます。
これからも、勉強になる記事、期待しています。
糖質の摂取でも肝臓の糖新生が普通に行われ、血糖値に反影しているような解釈も出来る気がします。複雑でとても興味深いです。もっと条件を削った実験があれば絞り易いのかな。
> 糖質の摂取でも肝臓の糖新生が普通に行われ
はい,食事中に消化管から吸収された糖質が門脈から肝臓に次々と流れ込んできても,肝臓では(糖新生ではないのですが)グリコーゲン分解による血糖放出は行われているようです.それではなおさら血糖値が上がるではないか,と思えるのですが,そもそも人類がふんだんに糖質を摂るようになったのはごく最近ですから,本来 肝臓は食物の糖質はすべていったんグリコーゲンにして貯めてしまい,必要に応じてそこから血糖を供給していたのではないか,と考えています.
亭主の稼いできた給料は,いったん奥さんがすべてとりあげてしまって,必要の都度 亭主にお小遣いとして渡していたようなものですね.
ですので,肝臓でグリコーゲンに変換しきれなかった分の糖質というのは,どうも「あふれた糖質」であって,人類の本来の代謝からすれば 想定していなかった異常事態ではないのかと.
このあたり 今整理しているのですが,記事にできるほどまとめられればいいなと思っております.